『わたしの彼は』
マリーの好きな人は
フェルゼン。
いつでも言える。
どこでだって
ためらう理由はないわ。
世界中が知りたがるから
隠せない。
世界で一番
ロイヤルなふたりは
いったい誰だろう?
もちろん、その一人はマリー。
もう一人は
マリーが心に決めた人。
今はまだ、堂々と結婚してみせることはできないけれど
もう運命がとっくに二人を結んでいる。
一度は革命の炎に巻かれながら
そして今度は
台風の嵐を共に乗り越えながら。
冗談は置いといて今度の大きい台風は要注意。
家族で一致団結して乗り越えようってみんなで話しているんだけど
そんな目の前に迫る大嵐も理由なのか、
連休だっていうのにみんな予定もなく、
まったり
ちょっぴりだらけた空気の中、
蛍お姉ちゃまが家族みんなに手伝ってもらいたい計画は
大雨で冷えたときの着替えの準備と
秋が深まってきたから暖かい服を用意したり
地道に平和に過ごせるようにしましょうと
昨日までの真夏のようなすごい熱気が嘘のよう。
やっぱり、あれがだいぶショックだったみたい。
マリーはね。
今もうフェルゼンのところにお嫁に入ったつもり。
必ずやって来るその未来をもう目の前にあるようにわかっているから
別に、今すぐ結婚式をしたいな、とは思っていないの。
それはもちろん、できるならうれしいけど。
でもまだ先のことだし
これからの予定はじっくり時間をかけて考えるのも楽しいから
この機会にお兄ちゃんのところにお嫁にもらってもらいたい、
どうしてももらってほしい、
今すぐがいい、
もう一秒だって待てない、
この瞬間だけを思って生きてきたのに、
と、幽霊みたいに力のない動きで
手付きだけは慣れたいつものやり方の通りに入れたコーヒーを
みんなが心配して同じテーブルについて見守る中でふーふー飲んだら
まあ、こういうのは相手がいることだから仕方ない、
好きな人の気持ちを全部自分で決めるわけにはいかないものだし
悩みを聞いてもらう時間もきっとそのうち
淡くまたたいてまぶたの裏に浮かぶ優しい思い出になるよね、
って、落ち着いたのかよくわからないまま
その後に考えた連休の予定が、妙に地味に見えるのは
張り切りすぎた反動なのかしら。
やっぱりまだショックを引きずっているのかな?
蛍お姉ちゃまがハロウィンコスプレの衣装をドレスにしようとして
あまりに気合を入れすぎてデザインしたものだから
ママが決定した臨時予算を考えても、どうやっても全員分は作れないと
あらためて計算してわかってしまったから
これではどうやら、仮面舞踏会コスプレのどさくさで
そのままみんなで王子様にさらわれてしまおうとする計画は
どうも無理らしい、と蛍お姉ちゃまもあきらめないといけなくて。
本物に負けない見栄えで
あなた色に染まる覚悟をのせたウェディングドレスを
みんなの分用意するなんて、
というか、中学生の一ヶ月分のお小遣いで
三人までならどうにかなりそうっていうのも
蛍お姉ちゃまの腕前は普通じゃないの。
海晴お姉ちゃまも、春風お姉ちゃまも
ドレスの設計図をじっくりにらんで
ほえーって感心しているみたいな間の抜けた声を何度も漏らしていたわ。
蛍お姉ちゃまは
将来はきっとすごい仕立て屋さんになるでしょうね。
噂を聞きつけて
とっても有名なお店になるかもしれないし
いつか、今度こそいちばん大好きな人のところへお嫁さんに行って
たったひとりの人と、家族たちのために
自慢の腕を振るうことになるのかもしれないわ。
すごい蛍お姉ちゃまでも
落ち込んだときはやっぱり、温かい飲み物で
話を聞いてもらったり、黙って寄り添っていたりする時間が必要なのね。
同じテーブルで近くで見ていたフェルゼンだって
きっと力になっていたよね。
蛍お姉ちゃまは、ちょっとそっちに体が傾いていたもんね。
ゆらゆらしながら
カップに目を落としながら
でも、こんなに近くで見ていてくれる人のぬくもりを知っています、
みたいなことって
きっとあるのね。
マリーもしばらくは
蛍お姉ちゃまにお付き合いして
ハロウィン衣装は、ドレスじゃなくても
マリーはきっとかわいくなるって教えてあげようっと。
近くにいてあげたら、すぐに気がつくわよね。
何をしていても
いつも気品があふれる美しいマリーが
ずっと変わらない家族で
そばにいるんだもんね。