春風

『ずっと二人で』
春風の手のひらに
ひとつ、ふたつ。
毎日を積み重ねるほど増えていくもの。
気持ちのいいお天気、ひとつの傘に肩が触れ合う日、
恐ろしい台風が来たっていつもと変わらずに
涙の跡も軽い足取りも
小さな傷も夢を見て交わす視線も
裸になったみたいに隠しごとのない
あなたといた証がもう一枚。
カメラの扱いは、得意な子が任せてほしいそうなので
春風の役目は写真の片付け。
と、あともうひとつ
その日に何があったのかを覚えておいて
後で見直して、思い返す仕事。
小さな子たちにいつか見せてあげるとき、
春風の記憶が曖昧だったら
せっかくのアルバムも見ていて楽しくないものね。
よく撮影担当をしてくれる麗ちゃんは
本当は、一枚一枚に記録をつけたらいいと言うの。
小さな細かい字で丁寧に書き込んだ麗ちゃんらしいきれいな字や
覚え書きくらいの短いメモは、いったん後回しの目印だけど
いつも忙しい麗ちゃんだからたいていはそのまま。
手伝ってくれた部分はとてもわかりやすくなるのに
春風があんまり教えてもらったようにできなくて
麗ちゃんと写真を片付けるのは楽しくて
うきうきしながら、いつも新しいことを教えてもらったら
はい先生! なんてうきうきしているのに
難しいことはぜんぜん覚えないって
春風はそろそろ見放されそうなんです。
ごめんね麗ちゃん……
春風があんまりきちんとしたお姉さんじゃなくて。
でも、わかりやすく書き込んでおくより
一度見たらすぐにその景色がよみがえってきて
色もにおいも経験したときのまま経験したまま
冬の日なたがたちまち肌を焦がしそうな光が差す潮風の砂浜に変わることもよくあるんじゃない?
いつも思い出の時間がそのままの形で戻ってくるように
文章に残すより、何度も見直して繰り返し刻み込む。
一番確かな記録は
書き付けた文字じゃなくて、この胸の中に残ったぬくもり。
あとで隣で見ている人に教えてあげられるのは
そこに書いている文字ではなくて
たぶん、写真に残る景色も本当は違っていて
フィルムの中でいつも全身で気持ちを表現している私たちの
感じたこと、思い出したらすぐに目の前に広がっていく景色、
かすかな音も印象的な匂いも、胸の中でドキドキしていた何かもまるごと
みんなに伝えられるように、大事に残しておく
受け取ってもらいたいことを全部、残しておきたいんです。
写真を一枚だけ胸に抱いて
うっとりしていたら
いつのまにか、もうこんな時間!
なかなか丁寧な片づけが進まないのも
楽しいことだらけなのだから
まあいいか、と思ってしまう春風がいます。
私たちの大変だったけど楽しかった学園祭に
アルバムに残しておきたい王子様の勇姿を大切に眺めているうちに
もう、次の大事なイベントが過ぎていって
残しておきたい笑顔がたくさん、テーブルの上に山になって積み上がっています。
誰かに手伝ってもらわないと終わらないかしら?
そう思っていると、また出てきたのは
昨日の楽しかった時間を思い出してもう一度と
夕凪ちゃんがカメラをどこかから持ち出して、
今朝は台風に備えた登校前の準備で春風も蛍ちゃんも
氷柱ちゃんや、休校の連絡があるまで眠っていようとした霙お姉ちゃんもいて
どうも隙が多かったようで
一生懸命な顔がプリントされて残ってしまいました。
電車の影響をテレビとにらめっこで知りたがった麗ちゃんの真剣な表情は
こうして写真になるなんて少なくて、貴重かもしれないですね。
もちろん休校にならなくて、灰色の雨空を見上げていた霙お姉ちゃんと
その深刻さにあきれて、少し前まで顔を真っ赤にして駆け回っていた氷柱ちゃんが肩を落とした瞬間の
なんだか二人ともかわいかった一瞬の景色は、どうも見つからないみたいでちょっと残念かな。
激しい風があんなに怖かった台風なのに
どうにか無事に過ぎた後は、その瞬間に戻れる一枚一枚も
ゆっくりした気分で落ち着いて見直せるものだから不思議です。
今朝は王子様もお疲れ様でした。
氷柱ちゃんが昨日、落ち着きがなくなってしまって
そんなふうにきつくなくてもいいのにと思っていたの。
王子様はどんな時も私たちを思っている。
氷柱ちゃんはまだ、信頼が足りないんだわ。
こんなに特別な人なのに。
春風が誰よりも信じている人。
出会った瞬間に、春風の運命が決まってしまった人なの。
いつも春風たちを思ってくれるんだもの。
大変なときは、どうしても私たちが優しくしてあげたい春風の気持ち、
氷柱ちゃんにもいつかきっとわかってもらえると思います。
台風の日に家族を守ろうとして、二人で協力した記録が
今日からは春風の一生の宝物になって残るの。
これからいつまでも
あなたと二人で真剣だった瞬間の写真を見直して、
あの時と同じ気持ちになれると信じています。
これから、この気持ちを伝えていく人たちへ
今の春風の膨らみすぎてどうにかなってしまいそうなときめきを
ちゃんと伝えることができるのかしら?
春風は何度も王子様と過ごした日をうれしく思い返しながら
いつまでも忘れないで
この気持ちを大切にしていようと思います。