氷柱

『台風接近』
まあ、運動会日和とは言えなかったけど。
体育館に移動して何事もなく終わったことだし。
降水確率100パーセントは
いくら信じていても、覆しようがなかったわね。
ゆうべは立夏
絶対晴れさせる、って
あまりにも自信満々で宣言したから
ひょっとしたらと少しだけ思ったけど。
でも、さすがにいくらなんでも天気は変えられないでしょう。
間違いなく降る、の前提で行動していて良かった。
知的な私があんな根拠のない迷信に動揺するなんてあるはずないわ。
立夏も今まで偶然で晴れが続いたというだけで
よくあれだけ何も疑わず信じられたものね。
実際に今日の朝、雨模様の空を見上げて
うそだーって
幼稚園の子たちよりショックを受けていたのはあの子だったわ。
全身いっぱい使って大げさにうなだれて
オーマイガーなんてこの子はどこの国に生まれてこんなオーバーアクションを覚えたのよ。
運動会の朝は忙しいから首根っこを引っ張って準備を手伝わせたけど。
そうしているうち本人も少し前のことをすっかり忘れて
かわいいみんなの運動会楽しみだねーとか
こういう悩みが少ないタイプのもっとひどい人を知っていると思い出したわ。
やっぱり、下僕がいけないのかな。
ほんの少し前のクリスマスの夜に、うちの小さい妹の誰だかがサンタにしたお願いが叶って
下僕が私たちの家に帰ってきて、一緒に住むようになって
みんなに影響を与えるようになる時期まで
立夏の頭の程度は、こんなに呆れるほどではなかったような気がする。
前から多少は心配なところはあったけど。
いくら思い込みが激しい子だからって
本気で願っていれば、なにもかも叶う!
なんて、誰にでも多少はある楽観的な考えを
台風にまで当てはめて考えたりはしていなかったと思う。
そこまでバカじゃなかったはずよ。
下僕と違って。
どうしても晴れたいい天気の下で
練習の成果を発揮させてあげられたらいい、
なんて神様でもなくちゃできもしないような望みを持って
こんなに落ち込んで……
無理に決まってるじゃない。
今日の主役の幼稚園の三人は
天気なんて気にもしないで朝から飛び跳ねていたわよ。
少し緊張した硬い表情で、でも運動会の朝らしい弾むような笑顔で
がんばるから見ててね、って顔を合わせるたびにみんなにお願いしていた。
ちゃんと約束を果たして、精一杯だったわね。
ダンスもしっかりお友達と合わせて踊れたし
マリーが主張するみたいに他の子より際立ってまぶしく輝いていたかどうかはともかく。
一等賞はそんなにたくさん取れなかったけど、今日一日ずっと目指していたのがわかった。
あの子たちの顔を見ていたら、怖がりだったさくらまで
いつになく野望でいっぱいだな、くらいのことは伝わってきたわ。
いつも家族みんなの一等賞はお兄ちゃんだから、
なんて海晴姉様たちが言ってた。
小さい子はそうなりたいみたいだね、って。
いつでも一生懸命に
誰よりも、家族みんなのことを本気で大事にしようとしているから。
だって。
そうかしら。
そういうの、八方美人って言うんじゃないの?
誰彼かまわず人の機嫌を取ろうとするお調子者。
なんだか見ていると面白くないのよね。
私の知らないところで好きなようにするならどうぞご勝手に、と思うけど
毎日顔を合わせる家族だもの。
とぼけた顔をうんざりするほど見せつけられて
やっぱり、この駄馬は私が手綱を握っていないとしゃんとできないんだわ、
と否応もなく主人の自覚と責任を育んでいく毎日。
立夏がありえない願いを叶えようとして
わけのわからない落ち込み方にいったいどう声をかけたらいいのか困ったものだけど
海晴姉様たちと話をしているのを横で見ていて、なんとなく考えてみたの。
あの子はたぶん、お兄ちゃんみたいになりたいのね。
だーいすきな、とか口癖みたいにいつも言ってるのは
単に今までなかった謎の生き物に物珍しさばっかりが先行しているんだと疑っていた。
でも、立夏の視点からだと
起こるはずのない魔法を何でも可能にする人で、
誰も想像もしなかったような輝く勲章を胸元に飾って帰ってきて
この世界の誰よりも特別で、誰にも似ていない
どこにいてもまぶしくきらめいている
いつも一緒にいてくれる人。
立夏に賛同するつもりはないけど
私たちの生活に今まで全然なかった影響を与えている人間だと
そういうことを言いたかったんだと思う。
霙姉様の言葉だったら、退屈しないという意味だし
私に言わせれば、ただ面倒くさいだけ。
そんな特別な魔法使いみたいな人に憧れているから
だから、自分もそうなりたくて
だんだん距離も近づきたいなら
その気になれば台風くらいどうにかなると思っていたたんでしょう。
明日の朝からがたぶん台風のピーク。
私は、下僕なんかに何の力があるとは考えないけど
みんなに手を貸して着替えを用意しておくくらいはできるでしょう。
立夏が思うみたいに何もかも可能にする魔法じゃなくてもいいから
家族が台風の日を無事に過ごせるように、少しくらいまともな働きができるようなら
その時は、ご主人様からささやかなご褒美くらいはあげるわ。
おだちんにお菓子を一口分けてあげるくらいはね。
どう見ても無理がある、憧れの王子様扱いより
そのくらい庶民的な感じが
あなたに似合っているわよ。