体育祭3

五時間が過ぎて……あと四人分が残っています。あとちょっと。
はてなダイアリーだと書いた順に並べるってできないみたい? 単に方法を知らないだけかも。すみません。順番は右の日記タイトルの数字を参考にしてください……すみません。

・蛍
もともと、赤組がヒカルちゃんを中心にして
一番かっこよく見せる学ランか、
りりしい女の子の元気なチアガール姿か、どちらかになるだろうって
予想はしていたので
われわれ白組は、誰か一人が真ん中に立つのではなく
どんどん位置が入れ替わりながら
軽快な音楽とダンスを中心にしたマスゲームで、
こころをひとつにした白組の一体感を見せ付けて、午後の部も勝利を目指す!
という方向は、最初から決まっていたんです。
もともとは持ちながら踊りの途中でかざして
全員でうまくそろえたとき、大きな絵になるはずだったカード。
いくら先頭に立つヒーローがひとりだけじゃないコンセプトであっても
ちょっと地味かなあ、と申し訳ないながらも思いつつ
でも、応援合戦は高等部が出演して、蛍たち妹分はお手伝いでしかないので
せめて、高校の先輩方が輝くときに少しでも力になれたらと
そう思って、自分たちの役目を力いっぱいに果たした準備期間でした。
今日になって思い切って、新しい提案をするなんて
とても受け入れてもらえないだろうし、
蛍が少し不満に思っていたって、練習を重ねる先輩たちの姿は
とっても輝いていたもの。
このがんばりが絶対見ている人たちに伝わるよ、って思っていた。
今さら若輩者が生意気な提案をしたところで
怒られるよね、
もし仮に賛成してくれたとしても
蛍たちの提案が本当に役に立つのだろうか。
あんなにがんばって練習してきた先輩たちなのに
変に口を出して邪魔をしてしまうだけなんじゃないか、
不安だったの。
でも、体育祭が始まって
生徒全員が自分の力を尽くして
勝利のために、
やり残したことなんて何もないくらい
一生懸命になって。
そう気がついたら、蛍はどうしても止まらなくなってしまった。
変だよね、勝手なお願いをする人は
こんな蛍をなんでも優しく受け止めてくれるお兄ちゃんじゃなくて
厳しくて、真剣な大人の先輩たち。
準備期間に親しくなって、練習の時間も一緒にいて
体育祭はがんばろうね、って優しく声をかけてくれた先輩たちだけど
そんなに迷惑をかけていいのか、まだ
あ、お兄ちゃんにも迷惑をかけたりしたら本当はいけないから
ときどき蛍は申し訳ない気持ちになったりもするんです……
そのお兄ちゃんも、
すごく真剣になっていましたよね。
体育祭は、堂々と戦って
勝利を目指すのが当然なんだと教えてもらったような。
やる気になっている春風ちゃんや
お兄ちゃんを見ていたら、後悔しないようにできることはないかと考え始めたんです。
マスゲームがちょっと物足りないかな、という話はあったけど
どこを改善したらいいのか誰も思いつかなかったの。
でも、体育祭は全力を尽くすものだから。
迷惑をかけてしまうから、だけじゃなくて
無理だってわかっていても、話を聞いてもらうことくらいはしてもいいんじゃないかな。
もしかしたら、それでいい意見が出るかもしれないし
後になってからもっと行動すればよかった、なんて反省したくない。
蛍がクラスのお友達にちょっと相談したら
そういえば、白組に参加している人たちって
文化祭では蛍のクラスの占いの館をはじめとして
メイド喫茶、スポーツクラブが並んで
スポーツクラブは校庭の一部を借りて、ボールの的当てゲームをしたりするんですけど
いろんなスポーツのコスチュームが本格的で、
蛍たちの間では、この廊下に並んだ教室それぞれのかわいい衣装が話題で
意識しあってよりよいものを、というライバル意識やなんとなく情報交換をする関係が
いつの間にか、あの一帯は通称コスプレロードと呼ばれて
文化祭でも最も期待される一角とうわさされるようになったとかならないとか。
私たちのそんなアドバンテージを活用できないかな、って
アドバンテージなのかよくわからないけどとにかく個性であることは確かだと思って、
衣装をマスゲームに使えないか話し合った結果。
間に合うかどうか分からないけど
おそらく応援団の人数分揃っているはっぴと、白組の色のはちまき
それなりの大きさのカードを手に持って踊るよりも
はっぴの裏側にカードを縫い付けて、ここぞという場面で見せるようにしたら
見ている人たちは驚くんじゃないかな?
蛍たち代表で、先輩たちのところへ提案に行ったら
熱い女の子の意地がぶつかり合うコスプレロードは、先輩たちでも話題になっていたみたいで
それならやってみよう、
応援合戦はやるからには勝ちたいから、できることならもっといいものにしたい。
その提案の後で、白組を総動員して
お針子の腕自慢も、不器用さに自信がある子も
すぐ競技に参加する予定のない子は誰でも歓迎。
本当に急な話で
果たして、どこまでうまくいくのか
本番まで誰も予想が付かなかった大きな挑戦。
ダンスの途中で晴れた青空めがけてはっぴがひらめくたびに
目を射る鮮やかな色合いは、父兄の皆さんと赤組の歓声を浴びて
もっと早く思いついていれば、いろいろできたこともあるのにって思うけど
付け焼刃でしかなくたって
白組のみんなは、今できるせいいっぱいをしようと協力しました。
やっぱり、ヒカルちゃんのかっこよさを見たらかなわない気もしたけど
でも、白組にチャンスがあるとしたら
赤組はチアリーダーにも挑戦する予定で、やりたい子たちもわりといたみたいで
安定や完成度を目指して学ランの応援団だけを貫いた選択は、
一部で戸惑いもあったという話で。
というか、氷柱ちゃんがこっそりヒカルちゃんをメインにしたチアガール隊を編成していたけど
ヒカルちゃんは自信がなくて、その分練習したことはやるからとお願いされて
結局、硬派な応援団で統一することに決まったんだそうです。
気合の入ったいい応援だったから、
最終競技のリレーの前に得点発表が待っています。
想像していたよりもはるかに強敵だったヒカルちゃんの応援団だけど
白組のみんなだって、力を合わせてできることをやりぬきました。
負けたとしても悔いはない、せいいっぱいの挑戦。
綱引きで敗れたお兄ちゃんもこんな気持ちだったのかな。
お兄ちゃん、蛍に大事なことをいろいろ教えてくれてありがとうございます。
たぶん蛍は応援合戦だけは負けても後悔しないよ。
みんなでがんばったんだもの。
やれることをやり尽くしたんだから。
すごく大変だけど
楽しかったな!
って、まだ運動会真っ只中で感慨にふけっているのはおかしいですよね。
正々堂々ぶつかりあう戦いは、まだまだこれから!
蛍はこの後に、春風ちゃんと同じ障害物競走に参加します。
騎馬戦のあとなんだよ。
馬になる霙お姉ちゃんは、蛍のいきなりの提案で指を穴だらけにしてまで協力してくれたんです。
その怪我で無理しないでね……
でも、できるなら全力で戦ってきてくれたらうれしい。
その前に、いよいよ次の競技はお兄ちゃんの借り物競争ですね。
がんばってください!
チームは敵だけど、蛍はお兄ちゃんを応援せずにはいられない子なんです。
借り物競争、騎馬戦、障害物競走が続いて
そのあとはついに決着の400メートルリレーがやってくるんですね……
なんだか終わりが見えてきたような気もしてしまうけど
まだ盛り上がるのはこれからですよね。

・氷柱
借り物競争が終わったわね。
本当はね、競技が終わったときには
下僕に種を明かして
私に感謝しなさいと命令して
下僕の忠誠心はいっそう深まって、これから一生私から離れないで付き従う覚悟を決めるはずだったのに
霙姉様は……
まあ最初からこっちの言うことなんて聞く気がなかったみたいだし
耳から耳に通り抜けるとしても
後でたっぷり文句を聞いてもらうつもりだけど。
借り物競争。
見るほうも参加するほうも気楽でゆるいイロモノ枠のはずで
必死の声援が似合う競技というよりは、
笑いも織り交ぜながら、敵も味方も好意的な応援で励ましあう
激闘の間に挟まったオアシスみたいな競技。
なのに、今年はわけが違う。
霙姉様が適当な気分で生徒会長の特権を行使して、
運任せで総合得点の大逆転を狙えるとんでもない配点になったのも理由の一つだけど
なぜか不可解な噂が広まって
好きな人を連れてくる指令があったら、そこにはなんと
二人が結ばれてしまう魔法の力が込められていると
もう学校中で話題になっている。
出所を辿ったら
どうやら立夏だったらしいけど。
本人も、心当たりがありすぎるって言うから
もう、今さら怒っても仕方ないけどね。
ただ問題は、こんなに噂になってしまって
本番では禁断の借り物を敢行するつもりなのかどうかなんだけど
霙姉様ときたら何の危機感もなくて
全部予定通りで行くって言うから
もう、脅しつけたりなだめたり持ち上げたり
この私が、つまらない世間をやり過ごすために
鉄の仮面をつけて築き上げてきた社交術の全てを
ここで使わなかったらいつ使う、とばかりに使い切って
どうにか、変な借り物は候補から抜き取っておくと
確かに約束したって言うのに。
これで、もう下僕が変な指令に醜態を見せることもなく
きっと私に感謝するに違いないと思って、安心して見ていたら。
あのね、霙姉様が借り物のくじを決めるところは
私も見に行ったの。
必要な措置でしょう。
ピンポイントで変な指令をぶつけてくるいたずらだって
充分ありえる人だし。
あくまでも念のためだから。
下僕は、ご主人様の深い思慮に感心するか
霙姉様を楽しませる方向に働く悪魔のような強運を嘆くか、
どちらかを選ぶといいわ。
別に両方でもいいけど。
ちゃんとランダムに選んだことは見ていたんだから、狙っていたはずはないのに
どうして下僕の出場する回にあわせて
約束をしてリストから外してもらった
あんな子供っぽいいたずらの
全員の借り物が
あまりにもふざけすぎるくだらない
体育祭でやる意味がまったくわからない
好きな人
の札に
当たってしまったんだろう!
まさか立夏の手品だとかは、霙姉様が教えているとかだったりね!
あの時の手の動きだと
手品の種を隠しようがなかったかな。
指を閉じた後ろに隠したり、袖に落として消したり
そんな子供だましはまるで使える状態じゃなかったの。
体操服で、袖はないし。
ただの偶然には違いないの。
そうよ、何も霙姉様のせいにして
私があんなに怒る必要なんて何もなかったわ。
偶然で大変な事態に追い込まれたのは
同情を禁じえないあまり
私も動転したものだけど。
まあ、下僕なりに機転を利かせたわね。
好きな人をたった一人だけ。
今、誰か一人を選ぶなんて
本気でそんなことをしていたら、今頃私は……
ふん。
そうよね。
あさひは私たち家族がみんな大切にしている
世界にたった一つの宝物だから
真っ先に選ぶのは当然だわ。
そんなことはわかってる。
下僕にしてはよくまあ
血迷っておかしな行動をとらなかったものだと感心してるわ。
怒ってないわよ。
なんで私が怒るものですか。
あさひは大事でしょう?
そりゃそうよ。
別に下僕があさひを誰より一番好きでたまらないなんて
そんなことを言い出したって、相手があさひなら当たり前だわ。
私が怒る理由なんて何もないじゃない。
不機嫌でもない。
霙姉様の適当さには言いたいことがあるけど
下僕には別に何も。
ええ、何も。
ま、得点を稼いできたのは褒めてあげる。
はい、よしよし。
この後は、下僕が参加しない騎馬戦と障害物競走が続くわね。
しっかり応援に励んで赤組に貢献して
リレーの時は、中学生の回で先にご主人様が見本を見せてあげるから
下僕もしっかり点をもぎ取って帰ってくること。
そうしたら、あさひを最初に選んだことは許してあげる。
いえ、怒ってるわけじゃないから許すとかじゃなくて
これからの競技でがんばったら
もう少しくらいなら下僕らしい働きを褒めてあげる。
いいわね。
私が言いたいことはそれだけよ!
他に何もあるもんですか。
ふん!

・麗
はあ……
よく考えてみたら
応援要員はこの人数だと多すぎるくらいだし
別に全員で押しかける必要なんてないわけで
一人くらい、家に残っていてもよかったのよね。
明日の文化祭はそうしようかな。
中学生から上のみんなは月曜日にお休みがあるのに
わざわざ出かけていく私たちには何もないんだから
まったく、やってられない。
おまけに騎馬戦の時になったら
海晴姉様が、ここぞとばかりに変な話を持ち出してくる。
知らないわよ。
私は騎馬戦で何かあったりなんてしません。
忘れました。
何もなかったの。
ね、そうでしょ。
あなたならわかってくれるわよね。
私が言いたいこと
わかるわよね。
……
知ってるわよ。
海晴姉様も、悪気があって言ってるんじゃない。
人のことをからかうのはよくないけど
でも、無様な姿をさらした私のことを簡単には忘れられないで
悪い思い出だと決め込まないでほしいって考えているのはわかる。
あのくらいのことなら
笑って話せるようになったらいいよね、って
迷惑な考えを押し付けようとしているのも気がついている。
放っておいてくれたら一番いいのに。
おせっかいな家族の一員に生まれて
放っておいてほしいなんて願いは絶対にかなわなくて。
騎馬戦が始まるわ。
見るのは嫌いじゃないの。
応援する気になるかどうかは知らないけど。
霙姉様の騎馬が並んだわね。
下で支える三人の、後ろの右側。
あれなら落馬する心配もなくていいわね。
でも、どうかな。
氷柱姉様の話によると、
出てくるはずのない借り物の指令をピンポイントでつかむミラクルの持ち主みたいだから。
あの位置にいても、なぜか落馬するなんてことがあるかもしれない。
霙姉様の騎馬は、戦場のはしっこにひっそりとならんだ地味な配置。
きっと、自信がないからあんなところにいるのね。
それならそれで、主力の騎馬を守って盾になるなり、攻撃をサポートするなり
いくらでもやることはあるに決まってるのに。
なんだかもどかしいわ。
別に自分が参加したいわけじゃないけど
私だったらもうちょっと積極的に出て行くのにな。
せっかくの体育祭なんだから
まるっきり無理だと思っても
強引にでも勝ちを狙っていけば
少しはチャンスが生まれるかもしれないじゃない。
まあ……
私も、そのせっかくの体育祭なんかに
別に自分で好んで来たわけじゃないって言ったばかりだけど。
まあ、あなたはそんなところに突っ込まないか。
ややこしいことに気がつかない性格みたいだし。
いいわね、気楽で。
物事がなんでも単純にしか見えないんでしょうね。
人の抱えている複雑な心のうちなんて
誰も気がついてくれるわけがない。
いつだってそうだと、私はもうわかってる。
あ、はじまった。
霙姉様はどんな戦略で攻めて行くと思う?
指を怪我しているのはわかるけど
なんだか逃げ回ってばかりね。
誰にも気付かれないように立ち回って生き残る作戦かしら。
そういうのって私、なんだか好きじゃないな。
面白くないでしょ?
霙姉様らしいとは思うけど。
ああして逃げ回っているうちに、問題のほうで勝手に解決してしまうような
そんなところが霙姉様にはあるような気がするの。
あ、でも本気になってどら焼きを探し始めたらうるさいか。
あんこ鍋からも逃がしてくれなかったわ。
実は結構強情で
逃げ回ってなんかいない人なのかしら。
そんなイメージはちょっとしかないけどな。
今度の騎馬戦は、うまく逃げ切る作戦は当たらなかったみたいね。
囲まれちゃった。
どこから見ても明らかに弱そうだから
カモにしか思えないもんね。
意外とがんばってるけど
霙姉様がこのまま猛攻を耐え切って、最後まで生き残れると思う?
というか、霙姉様は下の後ろ側だから
逃げ切ったとしてもあんまり功績って感じに思えないけど。
思わぬミラクルを持ってる人だもんね。
私はね。
霙姉様が驚異的な粘りを見せて
奇跡的に勝ち抜いたとしても
別に、そんなことで騎馬戦が好きになったりはしないわ。
うんざりする競技の印象は変わらない。
だけどね。
霙姉様が戦っているんだから
私だって、どうでもいい話ばっかりしている場合じゃないと思うの。
こんな時には単純なあなたから無神経に誘えばいいのよ。
応援したかったらすればいいって。
騎馬戦が好きだとか嫌いだとか関係ないって。
私の気持ち……
わかってもらえるなんて期待するのは
やっぱり、虫のいい話よね。
でも、
わかるのよね。
私のお兄ちゃんだから?
ううん、
やっぱりわからないか。
無神経な人だもんね。
いいのよ。
私の話なんか気にしないで。
気が済むまで思いっきり騎馬戦を応援したらいいわ。
そうね、霙姉様の正念場だもんね。
人の話を聞いている余裕なんて全然なかったわね。
でも私、たぶん霙姉様は生き残ると思うわ。
最後まで絶対にあきらめないで戦い続けるはずよ。
私たちが応援してるんだもんね。
そうなってくれるって決まっているの。
あなたが家族を応援するときの声って、そういう感じなんだ。
普段は頼りないのに、こんなときだけはうるさくてしかたないのね。
まったくもう。
体育祭だからってすぐ熱くなるなんて、やっぱり単純だわ。
うん。
体育祭だから、それでいいのかもね。

・星花
苦難の道を乗り越えて
厳しい試練にも負けないで
勇敢なお姉ちゃんたちは戦いに挑みます。
って、障害物競走ってそういう競技じゃないかもしれないけど。
星花はどうしても、
なんだか気持ちを抑えきれない!
午後の部も
体育祭の盛り上がりは最高潮。
騎馬戦みたいに勇壮な姿ではなくたって
勝利を目指して突き進む仲間たちがいるのです。
お兄ちゃん、春風お姉ちゃんは本当に活躍できると思いますか?
星花はちょっと心配もありますけど……
だって、春風お姉ちゃんは優しくて美人で
誇らしいお姉ちゃんですけど
運動で活躍しているところ、あんまり見たことがない気がするの。
気のせい?
そういえば、春風お姉ちゃんは言ってたけど
ゴールまで迷わずに駆け抜けていくのが好きだって言ってました。
王子様のところまで
一直線に、もう何もためらわないで。
だったような。
何か違うような気もしてきましたね?
とにかく、星花は心配しながらも
初めて目にするかもしれない春風お姉ちゃんの活躍を
きっと逃さずに全部見ていたいです。
なんて言ったら怒られちゃうかな。
やる気でいっぱいの春風お姉ちゃんの行く手を阻む障害は
網に平均台に、バットで回転にマットででんぐり返しに
最後に待つ大物は、あめ玉探し。
平均台は落ちたらはじめに戻ってやり直しで
なんと六人の走者に一本しか用意されないというルール。
お兄ちゃん、春風お姉ちゃんってバランスよかったっけ?
自転車くらいは乗れたはず……
あれ、自転車の練習で最後まで残ったのは春風お姉ちゃんだったんだっけ?
怖がりで、転びながら覚えるのが苦手だったと聞いたけど
実際に乗れるようになったという話はなかったような……
障害物競走は自転車はないから大丈夫かなあ?
あのね、お兄ちゃん。
星花はもちろん、春風お姉ちゃんが一等賞をとって帰ってきてほしいけど
そしたら、とってもうれしそうにしてくれると思うし
春風お姉ちゃんの幸せそうな笑顔を見たら、星花だって絶対うれしくなると思うんだけど
でも、やっぱり怪我をしないで無事に帰ってきてほしいと思うの。
春風お姉ちゃんは、お兄ちゃんのためにがんばってるんだよね。
お兄ちゃんにかっこいいところを見せて
喜んでもらいたいから。
それってやっぱり
好きだから。
なんですよね。
きっと。
世界で一番好きだから。
あんまり運動が得意じゃなくて
怖いかもしれないのに、それでもお兄ちゃんがいてくれるだけでがんばれるなら。
そういうのを愛しているって言うんだよね。
たぶん
そうなんだと思うの。
春風お姉ちゃんは
すごいですよね!
いつか星花も大きなお姉ちゃんになって
この体育祭に参加するときには
お兄ちゃんに喜んでほしくて一生懸命に走っているかな?
星花のこと、かっこいいって言ってもらえるかな。
お兄ちゃんに──
喜んでもらえているかな?
果たして、そんな立派な星花になれるでしょうか。
春風お姉ちゃんがいい成績で帰ってきたら
お兄ちゃん、きっと褒めてあげてください!
誰よりいっぱいがんばったねって
いつか将来、星花がそうしてほしいみたいに
いっぱい言ってあげてね。
春風お姉ちゃんが大活躍して帰ってくるのを
星花とお兄ちゃんで、わくわくして待っていようね!

・ヒカル
来たな。
ああ。そうだ。
得点の差は──
ほんのわずか。
順位が届くたびに
勝利と敗北が入れ替わるシーソーゲームだった一日。
そして、私たちの前のリレーで
氷柱が一気に得点を稼いでくれたおかげで
点差はもうほとんど横並び。
霙姉の指示した騎馬戦生き残り策が意外に有効だったこと、
春風もまさかのダッシュで皇族を引き離して
あめ玉探しで顔が白くなるのだって恥ずかしがらない本気モードで
もしかしたら生まれて初めてかもしれない、運動の大会でつかんだ一等。
ついさっき知らされた応援合戦の結果は
僅差で白組という判定。
じりじり引き離されつつあったけど
最後の最後に食らいつけた。
得点が入る競技は、残すところ
泣いても笑ってもあとひとつ。
私たちのレース。
これで決着だ。
ここまで勝ちの目を残せたのは
氷柱のお手柄だな。
息を切らせたままで
わざわざ私たちのところまで飛んできて、
エールを届けてくれるなんて
あいつも本気で勝ちたいんだな。
まあ、脅し文句みたいに
負けたらどうなるかわかってるわね、なんていうのは
今の雰囲気に合わないような気がして
少し笑ってしまったけど。
でも、心意気は受け取ったよ。
氷柱に脅されたときに
ひょっとして、と思ったんだけど。
赤組全員の期待を両肩に背負って
最後の勝負に挑むアンカー。
そんな責任重大な仕事が、これから私が進んでいくレースだとしたら
それはそうだよな。
氷柱だって、言いたくなるよな。
自分の代わりに走ってきてくれって。
絶対に勝ってこい、って。
本当は、最後まで自分で決着を付けたいと
今日一日、ずっと勝利を求めて戦った赤組の全員はそんな気持ちなんだろう。
なのに、私に全部任されてしまった。
氷柱はなぜかお前ばっかり見ながら脅していたような気もしたけど
責任を背負っているのは私たち全員だってことか。
だから、普段の私だったら
もうちょっとプレッシャーを感じて、怖がってもいいはずなのに。
今はなんだか──
ドキドキする鼓動がいやじゃなくて、胸に聞いてみたら
私の体は、最後までグラウンドに立って走れることがうれしいみたい。
まだまだずっと走っていたい気持ちが
ちょっとでもかなうんだ、って
あと一走でも
100メートルでも
私は好きで走っていていいんだな。
本当は、好きに走っていたらいけないかもしれない。
期待されている通りに、絶対に勝たなければならない勝負なのかもしれない。
だとしても私は
責任も何も考えないで、自分勝手に走ろうとしている。
理由はもうわかってる。
私にバトンを渡してくれるのはオマエだから
そんなバトンを受け取ったら
怖くても、責任重大でも
震えて立ち止まりたくなっても。
私は、立ち止まらないで走り続ける以外は
何もできなくなると思った。
それだけ。
どうせ、走るしかないなら
好きに走る。
そう気持ちが決まっただけ。
開き直ってしまった。
オマエはそんなに早いほうじゃないけど
いつも私に追いついてきて
たまに追い抜いて、引き離していく。
大トリを任されるには、少しムラがある走りだけど
どうせ負けそうだったら、自分のやり方で思いっきり好きに走れるし
僅差でバトンを届けてくれるなら
その時は──
私だって、それなりにやる気になると思うし。
ほら、集合の合図だ。
もうすぐ最後の戦いだな。
これが終わって、まだ走り足りないようだったら
明日の文化祭が終わったあと、またオマエと走りたいな。
スタミナもそんなにないのに
なぜかお前は私と並んで走っている。
いつも、
これからもずっと、
何があっても少しも変わらないままで
私と同じ道を走っているんだと思う。
さあ、行こう。
私にとってはこれで終わりなんかじゃない。
体育祭の最後の戦いを走り抜けたあとは
いつもの毎日に戻っても、オマエといるんだから。
霙姉は、悔いを残さないように全力でと言ったけど
悔いを残すなんてあるものか。
私の目には最初からオマエしか見えていなかった。
もしここで負けたって
明日も走る。
その次の日もずっと
お前と走っている。
そうだよな。
何度も競い合って、勝ったときも負けたときも
私たちは次の勝負を見ているんだ。
オマエとこの大舞台に立っているんだな。
失敗して転んでもいいから
私のところまで全力で駆けて来い。
約束だ。
この戦いを、今日一番のいいレースにしよう。
これからも思いっきり走っていけるように
もっと私たちで走るのが楽しみになる
そんなリレーにしたいんだ。
オマエとだったら、できるよ。
がんばろう。