氷柱

『雨の週末』
明日に迫ったお祭り。
天気予報によれば
土、日と続いて雨模様。
天気図は無常なものね。
低気圧が日本の南側に長く横たわって
素人の目から見たって
ああ、これは雨が降りそうだな。
一目で感じる。
てるてる坊主を吊るしても
そう簡単に振り払えない灰色の湿った雲。
まあ、バタフライ効果があるんだから
ひとつ作ったてるてる坊主が
めぐりめぐって晴れを呼ぶ可能性は皆無とはいえないけど
そんなのは予想できる範囲じゃないし。
ただのおまじない。
小さい子も、いい大人の中高生やお天気お姉さんも
あんなに一生懸命に作ったから、なんて言っても
晴れる確率が上昇するなんて
どんな理屈も請け負ってくれない。
あらゆる科学的な説明のはしからはしまで、
おそらく今後あらわれる全ての知的生物が構築するどんな理論でも
こんな小さな包んだ丸いだけの頭が
大自然の動きに作用する力なんて持ったりしない。
ティッシュと輪ゴムひとつ。
たいした力のない中学生の手のひらよりも
もっと小さな頼りないまんまる。
夕凪たちは中身も布を集めて、
なるべく大きなてるてる坊主をたくさん作ろうとしている。
厚い雲の上にいる雷様も
ちらっとこっちを見てくれたらすぐに分かるようにって。
夕凪はこんな迷信に夢中になるより
万が一晴れたときを考えて、宿題を済ませておくべきじゃないの?
せっかくのお祭りに雨が降ると考えたら何も手につかない、と言う。
そんな言い訳で先送りにしようとしたって
誰も後で同情して手伝ってくれる人なんていないの。
いや、いるかな……
少なくとも私は付き合っていられないわ。
どうせ毎年言ってるお祭りなんだから、
いいじゃない。一回くらい。
行っても大して何かがあるというわけじゃないし
雨ならさっさとあきらめて
家でゆっくりしているほうがずっと有意義だわ。
今年の夏もいろいろあったんだし。
でもまあ、確かにこのところはっきりしない天気が続いて
夏の暑さでへたばっていたほんの少し前が信じられないほど。
雨にジャマされてなかなか一日中遊んでばかりいられないから
パワーが無駄に有り余っていて
いよいよやって来る
せっかくのお祭りなのに、と思うのかもね。
きっと晴れたらもうはしゃぎまわって
あちこちの屋台へ走って行って保護者の私たちを引っ張りまわして
盆踊りで太鼓に全然合ってないめちゃくちゃな踊りをして疲れたら
勝手に眠くなってしまって、その後は背負って連れて帰らないといけなくなるの。
夏の終わりを何も思い残すことがないほど楽しみたくてどうにもならない。
にぎやかなお祭りの雰囲気に飛び込んで盛り上がりたくてたまらないの。
あっという間に過ぎていくお祭りより、もっと大事なことはたくさんあるのに
難しいことは考えないまま目の前の楽しそうな世界にごまかされて
お祭りに乗じて冗談じゃない価格がついている焼きそばやら
目玉商品を当てさせる気がまるでない射的や輪投げに夢中で
うれしくて仕方がないみたいに笑って、夏休みで一番楽しい日だなんて言ってる。
もっといろいろあったでしょう。
その気になれば夏休みの時間を有効に使うなんていくらでもできるでしょう。
そんな無駄に使うお小遣いがあったら、もっと楽しめることはいっぱいあるのに。
そうよ、雨だったらさっさと気持ちを切り替えて、
どうしても夏休みの最後に一番の思い出がほしいなんて言ったら
屋台に使わないで浮いたお金でいつもより少しぜいたくな食事をしてもいいんだし。
お祭りが雨で中止になったとしても
たまにはあることだもの、当たり前にどこにでもあること。
無駄だって知っていてもお願いされたら仕方ないから一個だけ作った
私のてるてる坊主に
深い意味なんて何もない。
晴れるようにの願いは込めていない適当な作りだから、何の力もないし
そもそも、どんなに願ってもてるてる坊主なんかでは叶わない。
私たちのわずかに残った夏休みが、都合よく晴れになって
みんなが期待して待っているお祭りを
残さず全部楽しめるようになんて
どんな神様に祈ったって、何もかも望み通りになんて願いは叶うわけがないんだもの。
私が気まぐれに作ったおまけなんかでは
何も変わったりしない。
今日の晩ごはんはおにぎりがぼろぼろになってみんな困っていたっけ。
蛍ちゃんまで一緒になって、てるてる坊主の量産にかかったものだから
結局、新人四人組が中心になってどうにか作り上げた食卓。
霙姉様は、きのうは余裕を見せて
そんなに肩に力が入っていたら、できるものもできないなんて
自分は野菜を切るくらいしか手伝わなかったのに。
だいたい、肩の力を抜いてもできなかったんだから必死になったのに。
私たちをからかって遊ぶためにやってきたのか、リラックスさせたかったのか知らないけど
とにかく、昨日の料理が成功した実績があるものだから
調子に乗り始めておにぎりに妙なものを入れたがって
止めるのに苦労したわ。
一度うまくいったくらいで、そう簡単には軌道に乗るなんて調子のいい展開はないという話。
だからあなたも。
夏休みの間は、それは人も少なくて不安なのもあるしまあ仕方がないから
一緒に通って送っていきたいというあなたの主張に反対はしなかったけど。
別に二学期からも電車の時間を合わせるなんてことはないから。
それは言っておこうと思って。
少し頼りにしてもらったからって、これからもそうするとは限らない。
下僕が主人にお仕えしようとするのは、確かに感心な態度だけど。
新学期になったら人目もあるし。
あなたがしたいのを仕方なくさせてあげたのも、夏休みでご主人様に余裕があったからだって
覚えておいて。
勘違いはしないように。
だから別に、ここ最近いきなり料理を習い始めたのは
お礼のつもりなんて全然ないし、
たまに蛍ちゃんが持たせてくれるお弁当を褒めていたのが
うらやましいなんてことはこれっぽっちもないし
おなかがすいたって家に帰るのが楽しみで仕方がなさそうな下僕を見たって
そんなに帰りたければ早く帰ればいいと思うだけで
自分も何か作って待っていられたらいいなんて考えたわけじゃない。
ただの気まぐれよ。
深い意味なんて何もない。
最初から、ちょっと料理を作ったくらいですぐ上手になるなんて考えてもいなかったし。
きのうのカレーは本当にたまたまだったし。
もしかしたら、またうまくいくかもしれないはりきったりするなんて
絶対考えたりしないし。
私の飾り気のないてるてる坊主も、結局何の意味もなく終わるだけ。
家のみんなも、お祭りが中止になるくらいで無駄にがっかりするに決まってるんだから
私はそんなことに関わっても仕方ないと思うけど。
仕方ないからなぐさめる何かくらいは考えておくこと。
私の下僕なんだから、そのくらいはしっかりしてね。