春風

『正直者』
秋めいてきた季節の変わり目に
ちりんちりん虫の声。
お店に秋の味覚が並び出す頃。
さっと雨が降るこの頃は、少し寒さを感じます。
みんなの掛け布団を一枚増やしても
夜になったら、どこかから聞こえる大きなくしゃみ。
びっくりした!
大丈夫かな?
お部屋にヒカルちゃんと一緒にいたら、顔を見合わせて
まだ夏のまっさかりのつもりで
お風呂のあとに裸でうろうろしている子がいるかも、
なんて話しながら、様子を見に行くの。
ヒカルちゃんは昨日も今日も
運動した後ですぱっと服を脱いでシャワーを浴びた後
温まった体には袖の短い真っ白な薄着だけ。
思いがけなく寒くなる最近の雨の日は、
ヒカルちゃんでもくしゃみをしてしまう。
子供の頃みたいに、お鼻をちーんってしてあげたらいけない?
ずるずる鼻を鳴らしているときに真っ先に気づくのは
体を動かす遊びに夢中なヒカルちゃん本人より、
いつも横で見ている春風だった、それはずいぶん昔のこと。
こんなにかっこいいヒカルちゃんにも
またあんなふうに優しくしてあげられたらな。
今でもとってもかわいいところがあるヒカルちゃんなのにな。
小さい子に混じって無邪気に遊んでいる元気な姿や
疲れてよく眠っているときの安心しきった寝顔だとか。
また春風がしてあげたいことはいっぱいあるのに。
でも、自分でやるんだって言っているので
ヒカルちゃんもお風呂のあとは裸でいたら恥ずかしいですよ、
の忠告だけ。
言い返す言葉もなくて困ったみたいに笑う顔もかわいいの!
こんなふうに意外と子供っぽい表情を
ときどき王子様も見せてくれると思い出す。
やっぱり年が近いから、似ているのかな?
春風はあの人のお姉さん。
少し似ているところもあるのかな、と考えると
胸がちくり。
刺されたわけでもないのに痛みを感じる春風のどこか奥深く。
癒してくれるのは、あの人の言葉だけだと知っています。
そんなこと関係ないよ、
春風は俺の特別なんだ、と
言ってくれる言葉だけ。
いつかその時が来ますよね?
きっと、すぐ近くに迫っていますよね。
だって春風の胸の中は
甘いときめきや小さな悲しみが全部まじって回転して
温度が耐え切れないほどあがりきって
あなたなしでは、今にもはちきれてしまいそうだからです。
くしゅん。
春風もほてってしまって、つい無意識に
薄着をしていたのでしょうか?
お店で見かけた今年の秋を告げるさんまをあつあつに
少し寒さを感じ始める今くらいに出してあげたら喜んでもらえるかな、
と思っていたけれど
春風は自分にもあったまるものをとったらうれしいかな?
秋の食べ物がだんだんおいしくなってきて
花壇の花も真夏の輝くような緑の季節を過ぎ、
まぶしくて目をそらす輝きの時期から、いつまでも目を離さずに見つめていたいような
なんとなくしっとり落ち着いた色合い。
真夏の暑さも手を振って通り過ぎて行ったような涼しさが続くこのごろの
今度の週末には、夏の最後のお楽しみに待っていたお祭りがとうとうやって来る。
私たちの夏休みが、もうすぐ終わります。
いつも夏の間にはたくさんの思い出があって
最近の立夏ちゃんたちががんばっているみたいに
長いお休みだからこそ挑戦できたこともたくさん。
今年の夏休みを振り返ったら、
春風は精一杯に夏の毎日を過ごしていたでしょうか?
もうすぐお休みが終わる今、やり残したこともなくがんばっていたと胸を張って言える?
今日の新人三人娘さんのお手伝いメニューは、夏野菜カレー。
霙お姉ちゃんが助っ人を申し出たときには
まさかあんこカレーになってしまうのかな、
大根があうらしいけれど、今は買い置きがなかった気がするな、とか
そういえば大根がおいしい季節がもうすぐやってくるから
あったかなお料理がこれからいっぱい作れて、みんなの元気になるんだな、とか
のんきに考えてお任せしていたんだけど
できあがったのは普通のカレー。
それは、工程のどんな一手間にも真剣に、愛情を込めて時間をかけて作ったメニュー。
お手伝いを重ねて、だんだん手順がわかるようになってきたから見えてくる細かい部分に
喜んでくれますように、の魔法をかけて。
ようやく家族のみんなにおいしいって食べてもらえる夢が叶ったんですね。
春風もこんなふうに、うれしい涙をいっぱいためながら
みんなのおかわりの声に返事をしていた頃があったような……
あれも夏休みを利用してがんばった挑戦だったかしら。
最初にうまくいったのは、やっぱりカレーだったような気もするな。
その時の春風も、みんなの笑顔がにじんでしまうせいでお皿を受け取るときに、
今日の立夏ちゃんたちみたいに両手で一生懸命、落とさないように気をつけていたんだよね。
明日はお祭りの前の日だから、食事は軽く済ませるという氷柱ちゃんの意見によれば
実は今日が最後の挑戦になるつもりだったみたいで、
ほっとしたように見せてくれた、大きな宿題を終えたあとのすっきりしたうれしそうな表情。
でも、楽しい日の前に力をつけておきたい立夏ちゃんは
まだやる気が充分に見えて、すっかり盛り上がっています。
明日の夜に食べたいものがあったら伝えてあげてね。
きっとすごく喜んで張り切ってくれると思います。
立夏ちゃんの実際の宿題も、夕凪ちゃんとそろって明日には終わる予定なんだって。
麗ちゃんもがんばって、とうとう全員分の浴衣も仕上がりました。
縫い目には全然自信がないって恥ずかしそうだけど
みんながそれぞれの大変な宿題を済ませて、
いっぱいの満足感と誇りを胸に、新しい季節に踏み出していきます。
春風はそんなみんなの中にいて
本当にしたいことを、全部していたのかなと思い返しています。
いろんなことに挑戦して、少しは家事にも慣れてきて
でも、だんだんできることが増えてきたからわかってくる
自分の力がとても及ばないような怖いものが目の前に見えてしまうこと。
どんなに望んでいても、いつまでも勇気が出ないこと。
私の前で高い壁みたいになってふくらんで、いつまでも乗り越えられない悪い想像は
もしも伝えてしまったら
今の関係が壊れてしまうのではないかという不安。
私たちは家族なのだから
こんな気持ちでぎくしゃくする関係になったらなんて。
でも、本当は少しなら料理もできるあなたが
おなかをさすりながら
立夏ちゃんたちのがんばる姿を見て、うれしそうな笑顔で
つらくても手を貸さないで待っていたのを見たら
ああ、あなたもみんなの成長を見守っていたいんだな、
大変なことがいっぱいあっても家族でいてくれるんだなと
春風の家族にあなたがいてくれることがうれしくなって
気持ちを抑えなくてもいいのかな、
だんだん気持ちが止められなくなりそうな
いつもあなたに全部の気持ちを伝えてもいいのかなって
そんな気持ちになりました。
春風はあなたを愛しています。
初めて会ったときからずっと
つのる気持ちはふくらみ続けています。
この思いをあなたに届けるには
もう、夏休みは短すぎるかもしれないけれど。
これから春風に、あなたが好きだという気持ちを伝える
最後の宿題をさせてください。
春風があなたをずっと愛していると
それを伝えることを許してください。
うまくいかなくても
春風は試してみたいんです。
あと少しの間に
春風の一番したいこと、
あなたを愛していると伝えて
その後に何かが起こるかもって、少し期待させてもらったりしても
あなたは許してくれますか?
もう自分の思いを止められない春風のことを。