観月

『自由自在』

くるくる変わるのは
山から降りてきた黒猫が
あっちこっちに視線を投げる先と、
日向から日陰からきょろきょろするときの深い色の瞳。
それを追いかける子供たちの、
興味が次々と移っていく気まぐれ。
寝転がっていたかと思うと起き出してうろうろする霙姉じゃたちと
本やお人形を抱えてうろつく吹雪姉じゃたちの
あてもないような行き先は、
たいてい、どこか涼しい場所を探してのこと。
夏場ではなかなか見つからないようであり、
あるいは、誰か家族と出会ってそのままお手伝いに駆り出されて
お疲れ様の冷たいものをもらうのでもいい
形もなくあいまいに変化していく、溶けはじめる真夏の目的。
そうしているうちに、おてんとうさまの歩みに合わせて流れていく日陰は
いつのまにか広がって、影の色を濃くして
ようやく日を避けなくてもいられる日暮れの空気。
今日もどたばた騒がしい家族でいたことよ、とめまぐるしい一日を思うのじゃ。
どんどんうつりかわっていくうちで一番の大騒ぎは
あと少しになった夏休みを楽しみたくて
水着になったり裸で駆け回ったりしていたと思うと
次の瞬間には、約束の時間が近づいて宿題をしなければならないと青くなる
忙しい夕凪姉じゃの顔色。
でも、
まあ、
いいか!
夏休みだから!
が最近の口癖で、またいつかと決め込んでいた何もかも
そろそろ向かい合ってけりをつけなければいけない
勇気を振り絞る季節がやって来た。
立夏姉じゃも、夏休み最後の思い出を作る計画を、と
この時期に来てついに本格的な夏休みが始まるみたいに
目をきらきらさせていると思ったら
氷柱姉じゃににらまれて、大人しくなるようなお勉強の時間。
はたから見ていて
面白いような
気の毒のような。
でも、氷柱姉じゃだってお小言の裏にも
計画を心置きなく楽しむには
やることは済ませておくものでしょう、と
ちくりと厳しいようでいて
あれは氷柱姉じゃも計画には乗り気なんだという意思表示で
素直になるのが恥ずかしいだけ、
と、マリー姉じゃが推測する、それは揺れるとまどい。
何をするのか、まだ詳しくは聞いていないが
もう一つ夏を楽しみたくて重ねる計画には
準備期間が足りない、と嘆く夕凪姉じゃの悲鳴。
新しいマホウを開発して夏休みを延ばしたくても
なかなかそんな時間が取れないから
誰か不思議な力でマホウをかけて!
特に観月ちゃんなら神通力が強そうだ!
とのことで、すがりつくような懇願だったので
こうなったらまあ、やるだけやってみるか。
夏休みがもう少し続くようにのおねがいは
何もかも移り変わる変転の定めのもとでは、
とても叶えてくれそうな神様はいないから。
夕凪姉じゃが立派に宿題を終えられるようにの祈りと
家族と楽しむ新しい計画の成功を心深く念じ、
また、これからあとわずかの夏休みでも
特別ないいことがいくらでもやってきて、
もうひとつおまけで、どこかに奇特な望みを叶えてくれる神様がもしもいるなら
宿題が本来予定していたより少し間に合わなくても
氷柱姉じゃにあんまり叱られないで
どうにか滑り込みくらいでも新学期に間に合うくらいで
月末の夏祭りにもそろって行けたら言うことなし。
ちっちゃな巫女が、家族にかわって申し上げる
真摯な祈りを聞き届けたまえ、
かなえたまえ──
もしも祈願が届くとしたら
おそなえのおはぎを、おうちの食べ盛りたちに狙われないように守って
しっかりと届ける誓い。
だから、どうか夕凪姉じゃのために
マホウの力が必要なら、神のしるべがもたらすマホウで
わらわたちみんなの夏休みを
もう少しの間、今までよりも楽しいものに変えたまえ。
うむ。
もし願いが聞き届けられたとしたら
たとえば笠地蔵様みたいに玄関の前にどんと
一目でわかるかたちで我が家に福がもたらされるのであろうか?
そうではなくて、神に見守られながら
夕凪姉じゃがお尻をぶたれてお祭りに行けない悲しい未来もなく
ごく当たり前に続く日々が、あまりに自然で気がつかないほど
普通に過ごす時間のうちに祝福は与えられているものなのであろうか。
この小さな営みを繰り返す家族に
知らないうちに恵みが降り注いでいるのだとしたら
見えなくても、できればどんなささやかなありがたさにも気がついて
感謝の気持ちを表現することがいつかできるように変わるならば。
わらわは子供でも、巫女なのじゃ。
そのくらいの成長を希望しても、悪くはないはず。
でもひょっとしたら
にぎやかな宴が好きで、騒ぐのが大好きな特に陽気な神様たちが
もう少しの夏休みの思い出なんて、そんな祈願を聞いていたら
いったい何が起こるかわからぬの。
どうする?
明日の朝、目を覚ましたときに
何の前触れもなく、わらわが別の姿に変わっていたとか
本当に夏休みが終わらなくて
竜宮城で過ごすように、あっという間に何十年も時間が過ぎていたとか
そうして、みんなが大きなお姉さんになったころに
ああそんなこともあったと思い出して
遠い過去から訪れた小さなわらわが兄じゃの前にあらわれて、
元の時間に連れ戻して助けたり。
でも、たぶん、何があっても大丈夫であろう。
どんなに説明のつかない変化が起こるとしても
わらわはきっと原因を突き止めて
不思議を起こしているものを見つける力がある。
ずっと、兄じゃが戻ってくる場所を知っているのじゃ。
うむ、怪異が起こりそうな深い闇の夜も、恐れることはない。
必ず兄じゃを迎えに行く。
それがわらわにできることであると、いつか知ることができるように。
今日も修行を積み重ねていかねばならぬな。
これからも、兄じゃよ、いつもしてくれるように
わらわの毎日にやさしく男らしい手助けを頼むぞ。
夏休みの終わりが忙しくても、いつか終わるとしても、そのあともずっと
わらわのすぐそばにいて、一緒に遊んでもらわねばならぬのじゃ。