星花

『もうちょっと』

さらさらと葉っぱが揺れる音に
気がついたら。
いつの間にか、そよ風が吹き始めて
耳を澄ますと聞こえる鈴の音。
はしゃいでいる間は意識していなかった
汗をぬぐうしぐさも
つい、くせになってしまって繰り返したときに
涼しい風にはあんまり意味がないと照れるみたい。
目を閉じて風を感じて
夏の一日のおしまいが近づいたことを知って
おうちに帰ろうと手を繋いで
お兄ちゃんに頼もしく引っ張ってもらったり
小さい子たちを張り切って導いたり
なんだか遊び足りないようなゆっくり同じくらいの足取りで
並んで歩いたり。
大きな手をにぎると
やっぱりお兄ちゃんはりっぱだな、と感じる帰り道。
星花はそのうちに
この人に仕えることができるのでしょうか?
それはいつか将来、
星花が大人になったら?
それとも、今でも星花は少しは頼りになる?
どこからか聞こえるきれいな音は
鈴に似て高く遠くの距離があるみたいなちりんちりん。
おうちが近づいたから、風鈴の音が届いてくるのかな?
星花も参加したにぎやかな家族会議で
かわいい色を選んで吊るした青い風鈴。
でもこの音は
それよりも、もう少しかぼそいような
ねぐらに帰る動物たちがいる森の一部みたいな遠い音は、どこから?
裏山のほうから?
観月ちゃんが言っていたような
夏の妖怪たちが
日暮れを待って
木々の茂る森の中へ戻ろうとしているときの
あやしい、玄妙な鈴がちりんちりん。
蛍お姉ちゃんが今月末のお祭りに向けてばりばり作っている浴衣みたいな
昔ながらの衣装をまとって
あと少しでもいいからとかわいくなりたくて選ぶアクセサリも和風に
幼い子供の外見をしている妖怪は、鈴が似合いそう。
観月ちゃんは、かわいい妖怪が身につけているのも伝統の術に由来するって。
本当にそんなちっちゃい不思議な子たちが、
夜を待って、本来隠れ潜んでいるはずの場所に集まろうと
月明かりの森に帰っていくなんてことがあるなら
裏山のほうで奏でていたらしい聞きなれない鈴の音は
誰も見たことがないあやかしたちの
普通は捕らえることのできないかすかな気配だったのかもしれない。
それとも、もしかしたら。
いよいよ夏休みも終わりが見えてきて
まもなく過ぎ去ってしまう今年の夏が
やっぱり人間みたいな格好をして、この季節らしい浴衣を着て
だんだん遠くへ足を伸ばそうとするときには
小さくて愛らしい鈴の音を
そよ風に乗せて遠くまで運ぶのかも。
とっても暑かった今日も終わって
風が吹いたら、そんな気もしてくるけれど
海晴お姉ちゃんが晩ごはんのとき
スタミナ強化のキムチ鍋を汗かきかき
がっつりかきこみながら
明日も暑くなるから、熱中症対策は万全にして
元気に遊ぶように!
とのこと。
まだまだ夏が過ぎていく気配はないようです。
野菜もお肉もいっぱいの晩ごはんで汗をかいたら
着替えを用意してから、お風呂で一日分の汚れを全部まとめて
きれいにさっぱりしなければ!
みんなで背中を流せるよう
おさるののみとりみたいに並んで座って
協力して夏の暑さを洗い流しましょう!
星花にまかせていただければいつでも
すっきり清潔に、気持ちよく過ごすお手伝いをいたします。
お兄ちゃんの大きな背中を
厚い信頼の下、任せてもらえる星花に
早くなれるように。
星花も大きくなれるように!
願っています。
夕凪ちゃんがベッドよりも先に飛び込んできて
甘えていく星花の膝枕も、
暑い今はすぐに転がって逃げてしまうおやすみ前。
星花はまだ信頼して任せてもらえそうな
頼りになる風格が
なかなか足りないのでしょうか?
うーん。
ふたつのベッドを
行ったり来たり転がって
吹雪ちゃんに注意されて。
目を閉じたとき、まだ今日も何か
もっといっぱい遊びたいことがあったように思い返す
お兄ちゃんと、みんなと過ごした暑かった一日。
実際に何をしたかったのか、考えてもなかなか思いつかないで
はっきりしないまま。
明日になってまた向かい合って
おはようのあいさつをしたら
その時には、今こうして物足りないような気分でいても
本当はどんなことをしたかったのか
明日になれば──
ちゃんとわかるような予感が
根拠もないのにはっきりと
わくわくの期待の色をして膨らんでいく。
ゆっくり休んで目を覚ましたら迎える
明日はたぶん、そんな日になる。
夏の暑さに負けないように備えて
明日になったら今度は
夕方にはあともう少しのひそかなお願いも残さないで
満足しきって眠れるの?
かわいい顔ですうすう寝息をたてはじめた夕凪ちゃんに
明日も元気で負けずにいられるように、
お兄ちゃんといる夏休みを力いっぱいでいられるように。
星花は明日を待ちながら眠ります。
朝になって迎える次の一日は
どんな夏の楽しみを、星花たちは見つけるのでしょう。
お兄ちゃんに教えてもらえるいっぱいのことを
夏休みが終わるまでに、あともう少し。
ううん、できればたくさん
いくらでも。
気が済むまで集めきるように。
そんな願いが
ちょっとのつもりでも
まだまだいっぱい。