真璃

『おかえり』

ひとりにひとつの
小さな荷物。
自分の着替えを抱えて
帰るまでなくさないように。
責任は重大よ!
駅に着くたび、アナウンスを聞いて
ちゃんとおうちの近くの駅に着いたら
忘れないように持っていく!
小さい子たちも宣言して
置いてある場所を確認。
家が近づくまで
なくさないように
ちゃんとある?
電車が揺れて
転がって行ってしまったり
何かの拍子で足が生えて
歩いて行ってしまったり
広い世界にあこがれて
およげたいやきくんみたいに飛び出して行ってしまったり
そんなことがないように
ちゃんと見ていなくっちゃ。
自分たちにまかされた大事なお仕事を
ちゃんと果たすことができて
みんなでうれしく
ぴかぴか笑顔をおみやげに
おうちに帰らないといけないの!
夏の太陽にも負けない
まぶしい表情と、
どんな気温も比べ物にならない
心の中に暖かく残る思い出と、
それからおうちに帰ったら
懐かしいあれこれを前に何から始めようか胸の中で踊るわくわくと、
ちょっと暑さがこもっているかもしれないおうちに
掃除をして風を通して回るちょっとおっくうな予想と、
でも、ただいまってみんなの声をそろえながら
慣れたおうちに帰ってきて
ほーっとゆっくりするときの気持ちよさを考えて
なんとなくはやる心と──
どんなに大きなかばんにも入りきらない
どっさりの気持ちを、
お着替えを詰めた小さなかばんに無理やり乗せるみたいにして
とっても大事に抱えながら
まとめて持って帰りましょう。
それにしてもやっぱりこの時期は
駅も電車も混み混みで、大変だったわね!
指定席の切符だったからまだましだけど。
麗お姉ちゃまが提案したお高いロマンスカーみたいなのに
家族揃って乗れるのは
やっぱり、フェルゼンがアイドルとして大人気になってからなのね。
あんなに踊って歌えるフェルゼンなんだから
ママも細かいことは言わないで、そろそろデビューさせてくれてもいいのにね!
日本を代表するアイドルになったら
結婚を機に電撃引退をして
たぶんその頃もいっぱいいる我が家の小さな子供たちに活動中のビデオを見せてあげながら
こんな素敵なフェルゼンだけど
かわいい女王様を守るただ一人の男性になることを選んで
世界中の人に惜しまれながらも、ただその人のためだけに
愛を貫き通してくれたのよ!
と、ふたりで言ってあげましょうね。
ビデオといえば、行きの電車ではカメラをあっちこっちに振り回していた立夏お姉ちゃま。
あのときは寝ている子にいたずら書きまでしようとしていたくらいなのに
帰りの電車では、カメラを奪おうとするどころかひとときも逃さず、ずっと睡眠中。
きのうの夕方もあんなに熟睡していたのに
よくまだ眠れるわね!
きっと、この一週間の旅行ではしゃぎすぎたのね。
夕凪お姉ちゃまがほっぺたに書いてあげた早く元気になりますようにのおまじないが
効いたらいいわね!
駅で起こされたあと、おうちまで気がつかないでいたから効果もそのぶんあったのかもね。
鏡を見て顔を洗っているときにやっと見つけて
夕凪ちゃんを大声で追い掛け回してくすぐりまわしていたんだもの。
若い子は疲れが取れるのも早いって
海晴お姉ちゃまがあきれてたわ。
みんなが大事な荷物をしっかり抱えて
誰も怪我や病気になったりもしないで
思い出いっぱいでみんなで無事に
マリーたちがいつもの毎日を過ごすおうちにやっと到着!
ただいま、フェルゼン。
おつかれさま、フェルゼン。
向こうを出るときに何度も氷柱お姉ちゃまが言ってたでしょう?
何か忘れ物をしたら、もう取りに帰って来れないから気をつけるようにって。
それなのにフェルゼンったら!
もう、すぐ忘れ物!
マリーのやわらかなほほにおかえりなさいのキス。
はっきり言われるまで全然忘れているなんて、本当にうっかりしているのね!
まあ、長い旅行で小さい子たちを見守ってあげて
アピール全開のお姉ちゃまも対応が大変だっただろうし
みんなを楽しませようと一生懸命だったし。
今日だけは、疲れていたってことで許してあげる。
これからは何も言わなくても
もっとスマートに
マリーが自分のおうちに帰ってきてほっとした気持ちに
まっさきに一番の幸せをくれて、安心させてくれなくちゃ。
帰ってきて、それからすることと言えば
観月がおうちの留守を守っていてくれた神様に感謝の祈祷をするのを
よくわからないけどついていって手伝ってあげたり。
霙お姉ちゃまが、戸棚の中にしまっておいたとっておきのおやつを思い出して
あわてて確認に行ったらすぐ響き渡る悲鳴もいつものとおり。
出発前に、蛍お姉ちゃまが何かなまものは残していないかって
冷蔵庫を調べながらみんなにも声をかけていたのに
今度は夕凪お姉ちゃまもおやつをほったらかしにしてしまったって
お部屋のほうからは星花お姉ちゃまと悲しそうな悲鳴がとどろいたし。
廊下では、黒い虫の影が横切っていったと、
腰が引けて丸めた雑誌をふりまわす氷柱お姉ちゃま。
ようやく帰ってきたんだから
みんな、もっと落ち着いてゆっくりしたらいいのよ。
蛍お姉ちゃまの一番得意なおいしい紅茶を
久しぶりに味わいながら。
みんな疲れたでしょ?
お掃除やお洗濯、お風呂も大事だけど
その前に長旅の疲れをすっかり取ってから。
さあ、背中を向けて並んでね。
お疲れのフェルゼンやお姉ちゃまたちに
いっぱい遊んでお世話をかけた小さい子たちで話し合ったこと。
まずは帰ったらじっくり時間をかけて肩たたきをして
疲れにがちがち固まってしまいそうなコリをほぐしてあげましょう!
これから時間はたっぷりある。
マリーたちは、みんなで仲良くおうちに帰ってきたのよ。
小さい子たちにはちょっと力のいるお仕事で、
もしかしたらうまくできなくて泣いてしまう子が出てくるかもしれないけど
でも、心配しないで。
ここはマリーたちのいつもいるおうち。
泣いてしまってもみんなで慰めてあげられるし
お気に入りのおもちゃや絵本で遊んであげたり
泣き疲れて眠ったって、ゆっくり眠れるおふとんが待っている。
いろいろあわただしいご用はいったん忘れて
今はゆっくりする時間でいいでしょう?
明日からのおうちの夏休みは、8月も半ばをすぎた終盤戦。
そろそろ宿題の仕上げに入るようで
なかなか遊んでもらえなくなる前に
こうやって一緒にいてくれないと
まだまだ、小さい子はみんな
夏休みにフェルゼンと楽しみたいことが
ちっちゃな体に抱えきれないほどいっぱいあふれて止まらないの。
旅行の疲れをいつまでも残してなんかいたら
肩を叩く力がどんどん強くなって
痛いくらいになってしまうかもね。
ちゃんと覚えておくこと。
まだまだ家族の夏休みはこれから。
やり残したことなんて何もなくなるほど
マリーは夏休みを楽しみつくすまで、とてもこの夏を終われないわ。