綿雪

『とおく』

こうしえんが
はじまって。
探検をしてゴムボールを見つけ出した立夏お姉ちゃんは
雨の日だから外に出られないと
力がありあまっている小さい子を誘って
おうちの中で野球をはじめてしまった。
だめだよ!
あぶないよ!
けがをしてしまう。
せっかくかまくらに来たのに
明日からおでかけできなくなるの。
こんな狭いところで野球をするのは
わるいこ。
そんなことをしていたら
今日はせっかくのおそば屋さんに連れて行ってもらえないよ!
と、みんなから言われて
急いでボールをしまいこんでしまいました。
こうしえんのまねっこより
おそば屋さんのほうが立夏お姉ちゃんには大事なのね。
楽しみだもんね。
あっちこっちにはねまわってしまうボールから
きゃあきゃあ言いながらユキも逃げ回っていました。
猛スピードであしもとを駆け抜けていく
立夏お姉ちゃんの弾丸ライナー
こわかったな。
でも、野球が終わってしまったときには
もう終わりなんだ?
と、物足りなく感じてしまうユキはいけないこ?
立夏お姉ちゃんは、ごめんねーって言ってくれて
そのあと、吹雪ちゃんが本を積んでいた部屋で
ユキに絵本を読んでくれました。
絵本くらい
ユキも読めるんだから!
散らかしてしまった分、昨日はみんなで力を合わせて片づけをした部屋。
まだ少しの本は積んであるけれど
ちっちゃい子の背の高さまで山ができていたすごい景色は
すっきり。
ベッドの下に半分押し込まれて残されたちらしが、さみしそう。
昨日までみたいな大きな山があったら、
あーちゃんと青空ちゃんがのぼろうとしちゃうもの。
元気があっても……
本の山はのぼれない。
ころがっちゃうもの!
今日は立夏お姉ちゃんが本を読んでくれる姿が
あまりに一生懸命だったので
小さい子供の頃に戻ったつもりで、甘えることにしました。
もちろん、今もぜんぜん小さな子供なんですけど。
絵本を読んでもらえる年まで戻るなんてこと
なかなかないですものね。
立夏お姉ちゃんは、絵本を大声で読みあげて
がんばりすぎて声がかれてしまいました。
ユキのためにこんなになるまで、ありがとう!
楽しい時間。
いつもとずっと離れた場所まで旅行に来たつもりなのに、
ユキはこんなにみんなと一緒に過ごしている。
みんながいるおうちみたい。
今まで見たことのない絵本を広げても
知らない場所で怖がらないでいられて
ふだんと変わらないような、ほっとする時間。
少し──
眠っていたのでしょうか?
立夏お姉ちゃんにもたれて、二人でうとうと。
遠くからかすかに聞こえてきた声は
防音のレッスン室の開いたドアから聞こえてくる歌声。
楽器が並んでいるから、誰も弾けないし関係ないと思っていたの。
なんとカラオケが見つかった。
やっぱりみんな、そうだよね。
おうちの中にばっかりいたら退屈だから。
体を動かしたり、声を出したり
たまにはしてみたいのです。
立夏お姉ちゃんは、声がかれてしまって残念でしたね。
ユキにご本を読んでくれたの。
あんまり笑わないであげてね。
でも、雨でいちばん退屈そうに歩き回っていたヒカルお姉ちゃんが
カラオケにいなかったけど、今日はどこにいたんだろう?
体を動かしたいなら、こういう時に来てくれたらよかったのに。
明日はみんなでお出かけするから、
そのためにゆっくり体を休めていたのでしょうか?
夕方には雨もあがって、眺めのいいテラスに並んで
今日のばんごはんを食べるお店はどれだ?
大きいお店?
きれいで、おしゃれなお店かも。
それとも、落ち着いたしっとりとした雰囲気?
歴史ある町だから、やっぱりそうかな。
どんなおいしいおそばが食べられるだろう。
お兄ちゃんも一緒に並んで
あれこれ予想したね。
自分たちで選んだおでかけ用の服に着替えて
初めての雰囲気に、ちょっと緊張しながら
背筋を伸ばして歩いた、人通りの多い通りに。
出迎えてくれたのは、どっしり構えた建物の玄関に揺れる深い青。
やさしそうなのれんが、待ちくたびれてなんだかもどかしいみたいに風にひらひら。
ユキたちを待っていたの。
おそばってあんなにきれいな色をしているものもあるんですね!
さわやかな白も、驚いて見つめてしまうような濃い緑の色も
はしで持ち上げるとしっかりしている、お口の中でつゆとからんで
香りをたてて飲み込んでいくおいしさ。
こしがある、
って、お姉ちゃんたちは言ってたよ。
こしのある、いいおそばだね。
おいしかったね!
今夜ゆっくり休んだら
明日は、大きな大仏様を見に行くの。
それはもう、見上げるほどに大きいそう。
どのくらい大きいんだろう……
楽しみで眠れそうになくても、ちゃんと眠らないとあちこち歩いて回るのは大変。
海晴お姉ちゃんが気をつけなさいってみんなに言っていたから
ユキも気をつけて、早くおやすみします。
あさっては雨の予報で、あんまり激しく降らないようなら
今日歩いた通りでお買い物をするの。
金曜日か土曜日のどちらかに、江ノ島まで足を伸ばしたら
日曜日にかまくらを離れて、ユキたちは帰ります。
今はまだ観光の名所はどこも見に出かけていないのに、もう思い出がたくさんできたなんて言ったら
お兄ちゃんはユキが変な話をすると思うでしょうか?
明日からも思い出を作れるくらい
ユキがみんなみたいに元気でいられるように。
今夜は良く眠れるように、疲れたらすぐ眠ってしまうちっちゃい子みたいに
遠くまで聞こえる大きな声でおやすみなさいを言わせてください。
おやすみなさい、お兄ちゃん。
どうか明日も、楽しいことがたくさんありますように。