氷柱

『うわさ話』
最近、妙な話を聞くの。
ヒカル姉様と生意気な下僕が
小さな妹たちに振り回されているらしいという話。
星花ちゃんによると
帰りが遅くなるのを心配して
暗くなる前に一緒に帰ると聞いたようだし
夕凪の話では
お兄ちゃんが夕凪と下校したくて仕方ないらしい、
おまけに寄り道をしたり
タピオカミルクティーも飲んでみてほしくてたまらなかったんだって!
みたいなわけのわからない話になっているし
吹雪ちゃんの説明からすれば
ヒカル姉様の帰りが部活の都合で遅くなるのが
心配だったのと
自分の興味のせいで現在こういった形になっていると
わかるようなわからないような内容だし
ユキはよくわからないようで
特に意見はないみたいだけど
今日もにこにこうれしそうにしているし
いったいどういう事態になっているのか
私には何が何だかという感じよ。
まあ比較的把握しやすい吹雪ちゃんの言動からし
ヒカル姉様が遅くならないよう
ちっちゃい妹たちがこざかしく理由を作って
下僕をいいようにだましながら
掌の上で転がしている……みたいな様子かしら。
まったく!
いつものことながら
下僕の情けなさと言ったら
散歩に引きずり出されて喜ぶ駄犬のようね。
ああ、こんなだらしない人が我が家の長男で
ただ一人の男の人だなんて。
きっと自分の用事があって一緒に帰るのが大変な時でも
言い出せないで流されてしまうんだわ。
いつもそういうところを
さんざん見ているもの!
仕方がない男なんだから。
もしもたまには都合があったら
私に無理に誘われたんだってことにして
妹たちのおねだりを断ってもいいんだからね!
まあ、本当に用事があるか確かめるために
その日の放課後は私が同行する必要があるけど……
それもこれもあなたが優柔不断なせいなのよ!
反省をしなさい。
ということで、たまには私が下僕を連れ出すわ、
みたいな話をとりあえず立夏に伝えてみたら
オニーチャンと一緒の時間を狙って
取り合いが起こってしまっている!
これは負けていられないゾ☆、
といった能天気が人の顔をしたみたいな調子で
跳ねてどこかへ行ってしまったわ。
何かが間違って伝わってしまった気がする……
とにかく困ったことがあったらご主人様に言うといいって話だから。
あと早めに帰ってきたんだから
夕食の準備の手伝いでもして
たくさんのゆで卵の殻をむくくらいはしなさい。
私が手伝ってあげるから。
これは聞いた話ではなくて
自分の目で見たから確かだけど
最近は下僕もお手伝いの修業を積んで手際がよくなってきたようね。

綿雪

『マイホーム』
ユキではぜんぜん
吹雪ちゃんが言っている難しいことは
わからないんだけど
でも、とにかく吹雪ちゃんがお願いして
学校からの帰り道
お兄ちゃんが一緒にいてくれるようになったの!
うれしいな。
もう11月になると
暗くなるのもすごく早い、
びっくりするほど早い!
すぐに寒くなるのも
おどろくほどだし、
それでユキはびっくりしながら
毎日家に帰ってくるの。
お兄ちゃん、怖かったーって
すぐに報告に行ってしまってばかりいるのも
お兄ちゃんは困るでしょう?
でも、一緒に帰ってくれるなら
怖くもないし
手をつなげば寒くもない。
暗いだけのことには
ちっともびっくりもしない
たくましいユキになれると思います。
それに、クラスのみんなは
お兄ちゃんやお姉ちゃんたちから聞いたと、
通学路にある古いお家を指して
あれはむかし
怖いことがあったお家だと言うの。
その話を聞いていると
どうも怖いことがあったお家が多すぎるようで
ユキはそんなに怖ろしい町には
別に住んではいない気がするけど
お兄ちゃんはどう思いますか?
ただユキが暗いのを怖がっているだけで
通学路も夕暮れの帰り道も
何も特別なことはないはず。
お兄ちゃんといれば怖くないから
それがわかるの。
お兄ちゃん、早く帰ろうね。
今日は怖いことじゃないお話をたくさんしたいです。

吹雪

『ライブラリ』
一ページ当たりの文字数などを参考にして
一冊の本を読みきる時間を
おおまかに推測することができるので
本棚に並ぶ本をすべて読むなら
どれだけの時間がかかるか、
書店にある本の場合はどうなのか、
というように考えていくと
人間が多くの本を読み、知識を得る量に
限界があると感じる場合もある、という感覚が
私の中にも存在します。
人が自分の体で体験できないことを
別の形で知る手段の一つだと考えるなら
全ての本を読みきることが難しい以上は
あらゆる知識を自分のものにするのも
とても大変なことなのだろうと思います。
人体に備わった五感で知覚しにくいおばけの存在について
多くの事象をもとに考えていくことも
私には自信をもって進めていける作業ではありませんが
昔の人は、世の中に知られていないものを見るとしたら
情報の入手と処理に正常な働きを期待できない場合があると
推測することもあったようです。
神経の作用とも言い、
人に危害を加えて緊張が高まった者へ
因果の形をとるとか
疲れてまいっているときの混乱状態などと
関係を考えてもいたらしい。
どこまで正確な推測なのか判断するには情報量が足りませんが
熱力学の法則から幽霊を構成するエネルギーを推測しにくいことを考えると
やはり人は幻覚や幻聴を体験しないとは言い切れないのかもしれません。
だとするとヒカル姉がありもしないものを見たとしたら
知らず知らずに疲れがたまっていたり
緊張が高まっているのかも?
寒さが増してくる季節で
みんなのことを気を付けてみるのも
体力が必要になりそうな仕事ですから
私たちも自分たちでできることを見つけていかなければならないのでしょう。
キミは私たち家族から
ヒカル姉のそばで
助けになってくれると信頼されていると思います。
一緒に歩いているだけで
もう不思議な光景を見ることがないとしても
それは理屈が通っていると言えるでしょう。
しかし私も自分の体験や本を読んだ知識で
信頼できる人と歩くのがどれだけ心の安定になるのか
正確なところを充分に知らないのです。
そのため、必ず大丈夫でもう安心、
ヒカル姉を助けてもらえると
確信するに足る素材を
必要なだけ持ってはいないという点が気がかりです。
私がそれを確かめる方法は
いくつか存在しますが
やはりこうなったら
早めに試すのが良いと考えられます。
帰り道に小学校の近くで待ち合わせを
一度試してみるのは非常に貴重な体験になるに違いない。
キミとヒカル姉の都合はどうでしょうか?

ヒカル

『ドラマティック?』
寒くなってきたな。
ちゃんと暖かくして
着ているか?
みたいな言葉を
顔を合わせたら挨拶みたいに
交わすようになってから
もう、しばらく経った気がする。
どう?
今日もちゃんと暖かくしてる?
風邪をひきそうな格好で
だらしなくしていたら
どこにいても駆けつけて
子供たちに着せるのと同じようにして
逃げないように押さえつけてやるんだけど
そこまでは必要ないかな。
まだ秋めいたうららかな昼間なら
ちょっと走ると汗ばむこともあるくらいなのに
あたりが少し暗くなってきたと思ったら
あっという間だから。
こんな私でも少し気を付けてみんなを見ている
このごろだ。
そんなことを言っている自分が
部活の帰りで遅くなることが多くて
みんなに心配をかけているのはわかっている……
いつもごめんね。
首をひっこめて
日に日に冷たく冬の色を増していく風に耐えて
暗い道を車に気を付けて
待っている人の顔を時々思い浮かべながら
家路を急ぐ日課
あんまりみんなのことを考えていたら
木々の暗がりにこのあいだの仮装の
悲鳴を上げるような大きな口や
ねばりつく血糊の垂れるような跡を
見つけてしまうような気がして
確認したらおばけのような形をした布が引っ掛かっていただけだった、
ということもあったりして。
どこかの家のハロウィンから逃げ出してきたか
元の場所に帰りそこねた迷子が残っていたのかもしれない。
みたいなことを話したら
春風は何を勘違いしたのか
だめだめ
それはあぶない、
怖い冬の帰り道は
どうしても頼れる王子様についていてもらわないといけないって
どきどきするみたいに胸を押さえている。
本当におばけがいるなんてお話みたいなことはないのに
冗談も時と場合を選ぶみたいだね。
オマエが帰り道に暗くて寂しいなら
明日の部活の終わる頃に迎えに来てくれたら
これから深まる冬の寒がりな通学路を
一緒に同じ道を歩く予行演習をしてもいいよ!

春風

『センチメンタル』
はらはら舞い散る落ち葉の下で
春風の心は揺れているの。
みんなの立派なお姉ちゃんとして
ちゃんとやっていけてるのか、
いつかそう願ったように
好きな人たちを支えられるのか、
胸を焦がす思いに焼かれて
とんでいってしまわないか、
触れ合いたい気持ちが
少しでも叶うかどうか、
今日の夕食は何にしようかなどを
とりとめもなく小さな胸の中で
風が巻いて葉を散らすように
止まらない渦のせいで落ち着かないの。
春風は今すぐ
恋する人を見つめたいだけなのに。
王子様は秋の風が吹いて
寂しい気持ちになったりは
していませんか?
くるり、くるくる
人恋しい気持ちが巡っていたら
それは春風と同じ気持ちなの。
あなたにわかってほしい、
だけどこんな切なさは知ってほしくない……
という暖かでゆっくりと時間も流れるような日です。
王子様は知っていますか?
聞くところによると、こんな気持ちの特効薬は
歌うことと遊ぶことが大好きな妹たちに
かまってもらう時間なのだそうです。
ヒカルちゃんが言っていました。
本当かしら?
春風、どれだけどきどきしてしまっても
愛するあなたのおそばで揺れているほうが
とてもいいと思うの。
紅葉みたいにほてった頬を
うつむかせて
すぐ近くのあなたに隠しきれない気持ちがばれてしまいそうな
胸の鼓動。
ああ、聞こえてしまう。
倒れてしまいそうな熱が届いてしまう。
風の舞う秋の日に
あなたといられるなら
痛むような揺れる心は
何もかも全部が喜びで満たされると
なぜか私はもう知っている気がするの。

夕凪

『メリー』
朝の元気のみなもとに、
一日の終わりの温かい食卓に、
いつもおみそしるは
日本人の心!
ホタお姉ちゃんが冷蔵庫を探して
残り物でぱぱっと作ってしまいましょうと
腕まくりをするとき
夕凪がわーいと跳ね回って喜んで
ちょっとまわりの迷惑になる!
そんなにぎやかな時間のおともに
染み込むような優しいお味のおみそしる。
だけど11月になった途端に
遠くのほうからクリスマスソングがちらほら聞こえて
それを聞いた夕凪とまわりを子供たちが
まわって踊り始めると
ホタお姉ちゃんの目が鋭く変わる。
ついにやってきた
この時をせいいっぱいに、
数えきれない楽しいことを一つも逃したくなんてないと張り切るの。
あれっ!?
その話、先月も聞いた気がする!
ハロウィン前にも誰かが
言っていたおぼえがある!
きっとお祭り好きの人がいるの。
パーティーメニューの練習だって
今日のメニューも
体が冷えないように
白い光の月が照らす夜の温かい工夫は
ぽっかぽかのお汁。
くんくんくん
夕凪が鼻を鳴らすとわかる
この香りは……
トマトソース!
夕凪、パーティーメニューのトマトシチュー大好き!
トマトソースのラザニアも好き!
残ったら朝にはパンと一緒に食べようねぇ。
えっ、おみそしる?
う、うん、おとうふもわかめも体にいいもんね。
どうもみんなのリクエストを聞くと
毎日カラフルでパーティーナイトな献立ばっかりでもないから
夕凪が踊って喜ぶ夜ばかりとは限らないけど
なにしろホタお姉ちゃんは盛り上げじょうず。
夕凪をうれしくさせる達人として
このあたりでは有名だからね。
ああー、クリスマスが来るまで
ずっとおいしいものが食べられるなら
いつまでもクリスマスにならなければうれしい食べ放題なのかなあ……
ともあれ夕凪が指折り数えて
まだ11月になってまもないことによく驚く
なんでも願いが叶う聖なる夜。
早くその日が来るようにと祈り続ける夕凪のマホウは
はたして欲望に負けたりしないのか!?
待ちきれない時間を、楽しいことがいっぱいの場所を探しながら
日々を過ごしているとかいないとか。
今日はお兄ちゃんの膝の上がよさそうな気がしてきた。
くっついてあったかくして
楽しくその日をわくわく待って一緒にいようね。

海晴

『ねがいごと』
えっ?
悩み事?
うーん……
悩みではない気がするんだけど……
それと、魚の骨をぐちゃぐちゃにするのは
もとから少し苦手なだけで関係ないんだけど
ともかく、悩み事かどうか
聞いて判断してもらうのもいいかな?
あのね、おうちの妹たちは
ああ見えてみんな結構アクティブで
なんだかんだで主張するところはしていかないと
人数も多い家では大変なことになってしまう!
というわけで、スポーティーながらも
おっとりした春風ちゃんや蛍ちゃん、
小雨ちゃんまでおつかいだとかで
家族をいっぱい助けてくれるあの頼もしいお手伝い役、
自転車!
ちょっと前、調子の悪い自転車があって
お買い物の時に困っていたころ、
あまり使わないからと氷柱ちゃんが自分用の分を
蛍ちゃんにあげることになったの。
でも、中学生の行動範囲は
自転車があったほうが便利な場面は多いでしょう?
氷柱ちゃんはおうちのお手伝いも子供たちのお世話も
忙しい中で頑張っているわけだし
ママと相談して、今年のクリスマスには
氷柱ちゃんに送ってあげてもいいのではないだろうか、
きっと喜んでくれるんじゃないかな!
と、盛り上がったのが二、三日ほど前のお話。
世間はすっかりハロウィンの盛り上がりも過去のものとなったかのように
クリスマスや年末年始の準備がはじまる気配なの。
しっかりした氷柱ちゃんがかわいい妹たちのいたずらを叱るときも
そんなことをすると
おばけがやって来るわよ!
悪い子は連れて行かれてしまうわよ!
なんておばけみたいなふりをしておどかしていたのが
今ではもう
そんなことでは
サンタさんが来ないわよ!
一人だけ空っぽの靴下よ!
悲しいわよ!
と、プレゼントを持って行ってしまうふりをする。
あんまり大きいプレゼントをお願いするんじゃないわよ、なんて
サンタさんの事情に気を使った注意もしてくれる
やさしい氷柱ちゃん。
とてもいい子なんだけど
氷柱ちゃんのせいでは全くなく
毎日の現実的な発言を聞いているとなんだか
思いを込めすぎたプレゼントをあげにくい……。
あっ、そうだ。
こういう話をしたついでに
キミから氷柱ちゃんに何か欲しいものなんかを
さりげなく気づかれないように
探り出す重大なお仕事、
任せてもいいかしら?
氷柱ちゃんもキミにはついポロッと本当の気持ちを漏らすかも。
ね、いいでしょう。
お姉さんの考え事を解決して
おうちのクリスマスをうれしいものにするお手伝いができるなんて
すばらしいお仕事だねっ。
今年もどうか、
家族みんなが幸せであるのと同じくらい、
いい子で優しい氷柱ちゃんのクリスマスが
とってもいいものになれ!
遠い雪の国に住むサンタさんが忙しそうにしている感じが
なんとなく伝わってくる季節になったわね。
いい子だったキミのところにやって来るサンタさんが
かわいくてすてきな人だったらいいね!