海晴

『寒さに負けない』
見上げた空を覆い尽くすのは
久しぶりに厚く重たげな灰色、
降りて来るのは冷たい雨と
戻ってきた冬の空気──
はたして寒さの妖精は
白く羽を広げているのか
絵本の中の雪ん子か
マフラーを巻いた雪だるまみたいにあったかくして
寒さを運んでくるのか
まだ気象予報士見習いにはわからない謎が
春から逆戻りしたような日々に存在するのよ。
でも私たちだって
丸まって震えてばかりじゃあない──
あの厳しく冷たい季節を
みんなで力を合わせて乗り切ってきたじゃない。
だから自信を持って
私たちなら寒くたって大丈夫、
いつでも仲良く笑顔でいられるんだって
自信を持っていいはず。
さあ!
あの頃にそうしていたみたいに
ぎゅっと手をつないで暖め合い
頼れる厚着を用意して
さりげなく着こなしも工夫して冬を楽しみつつ
妹たちのお手本になってあげましょう!
確かこの間までがっちり鉄壁の守りで寒さを防いでくれた
厚手のシャツにセーターに
ふんわりあったかコートはこのあたりにしまって……
あれっ!?
そういえば春休みを利用して
押入れにいくつか運んでしまったし
その押入れは運び込まれた冬用の着替えで
そう簡単に捜索が進まない状況だし
わずかに残った暖かい服を
着替えのためにいくつか並べておいたら
いつのまにか暖かい服を探していた妹たちや
遊び相手を求めてさまようあーちゃんがシルエットを勘違いしたりして
抱きしめてどこかに引っ張っていったのを
見た気がするな──?
は、はっくしょん!
あれ──
気象予報士見習い──
予報していながらも寒さに敗れて
倒れるの──?
恐るべし、関東地方にまで四月の雪を運んだ低気圧。
もう一度だけでもみんなと
あったまるおなべでも食べたかった……
……
くんくん。
どこからともなくやさしく揺れる
このおだしのいい香りは!?
まさか夢でも見ているのかしら──
心から望んだ願いが今まさに叶えられようとしている──
ああ──味のしみたつみれと大根がたっぷり入って
ごはんのおいしいおかずになるならまさにそれは
夢を見ているのと変わらないことは確かだわ──

青空

『ときめき』
やーっ!
えいやー!
はしりながらさがすと
このごろは
そこらじゅうが
むしでいっぱい。
とんでるむし
いしのしたのむし
つちのむし
いっぱい!
はるがきて
あったかくなったから
なんだって。
はるって
いいものだねえ。
あしたも──はるが
きてほしいね!
そらはみるもの
ぜーんぶひっくりかえして
かわいいむしをさがすの。
みはるのびーずくっしょんを
ひっくりかえせ!
あれーってこえがして
おもしろいよ。
ありがにげだすかもしれないし
くもがにげだすかもしれないし
むしをさがすと
はるは
おもしろいことだらけ。
そらのたからばこに
ひとつふたつ
じゅうにじゅう
ひゃくにひゃく
せんにせん
いちまん!
でも、
そんなにいないって……
にゅーすでおさつのをいってるのを
そらちゃんがまねしているだけだって。
ほんとにいない?
かぞえてみようね。
はるはのんびりできて
そらとむしさがししてくれるおねえちゃんもいっぱい。
むしむし、はしれ!
はるがきたから
よろこんではしれ。
そらとおねえちゃんが
いっぴきのこらず
つかまえるよ。

『道は続く』
新年度の始まりの日ね。
大学生の海晴姉さまから
ピッカピカの一年生のユキちゃんたちまで
新しい一歩を踏み出す日。
先週あたりから始まる学校も
たくさんあったみたいだけど
私たちにとっては今日が
新生活に向き合う
記念すべき特別な日ということになるわね。
今日も春らしいお天気で
朝のうちはまあよく晴れてよかったわねと
早起きの目をこする子の背中を押し出す声が
陽気にもほどがあるくらいだったのに
昼前くらいからいつものように風は強くなり
花びらはせっかくきれいにした制服にくっつくし
吹き飛んでくる砂はうっとおしい。
スカートを気にする生徒たちが
桜の舞う通学路を
ぼさぼさの髪で通り抜けて
景色がそれなりにきれいだと言っていいところ以外は
まったく始まりの日にふさわしいのかどうかわからない
試練の押し寄せる新年度の一日目ね。
まあ冬の間に比べたらまだ気候はいいほうだとは言えるかも
しれないから──
ぜいたくばっかり言っていたらきりがないし
これくらいが良くも悪くもないということで
妥協することにしてあげてもいいわ。
朝からすっかりはじまり続きで
クラス分けの発表、
席決めのくじびき、
クラブ活動の説明と
カバンで存在感を主張する新しい教科書たちとの出会い。
ちょっと短い時間に
詰め込みすぎで
みんな疲れないの?
こういうものかしら?
どきどきすることばっかりで
気がついたときにはおなかがすいていた自分に機がつくから
ホタ姉さまたちは晩ごはんも腕によりをかけて用意しておくつもりで
そんなごほうびが待っているから
全力で新しい一日を楽しんできなさいと
朝から家族の合言葉みたいに言われ続けたっけ──
盛りだくさんの一日を終えて帰ってきた私たちに
家にいる間はごろごろ全力で休んでもいいと主張する権利はあると思うわ。
桜の花びらがちらちらと星を散らす
夜空の色の制服も嫌いではないけれど
お気に入りのカップに抹茶ミルクの湯気が揺れるのを見るのも
はじまりの一日に
ふさわしい景色だと思うの。
どうかしら?

ヒカル

『春休みの思い出』
おはようございます
こんにちは!
これから──
よろしくお願いします!
が言えたら、
教えを請う一歩を踏み出す者として合格。
いつも元気なあいさつから
出会いは始まるものだ。
胸の中にぐるぐる渦を巻く不安と緊張感、
奥のほうに沈んで
好奇心につられたみたいにときどき顔を出す
出会ったことのない景色への期待と
芽生える新しい始まりの予感──
宿題もなくのんびり過ごした春休みも今日でおしまい。
新生活への準備に
やることがいっぱいで大忙しの日が続いたと思ったら
ふいにぽつんと空いた時間に、
寒くて丸まっていた冬の間より
背を伸ばして遠くまで視線が届くようになった自分に気がつく。
景色はもう春の装い。
風に揺れる花びらが
光の透き通る木陰に、つぼみの開くにぎやかな花壇に
それぞれの色を誇るようにきらきら輝く。
お出かけ用のおしゃれに身を包んで
スカートをひるがえして駆けていく子供たちも
大きく太陽に向かって背を伸ばして
育っていくみたいに──
明るい表情でやっと訪れた春を楽しんでいるみたいだ。
こんなに気持ちのいいお天気なら
氷柱もユキも初めての場所で震えながらでも
誰にだって自慢できるくらい大きな声で挨拶できたに違いないんだ。
なにしろ私の妹だから
それは確かなことに決まっている──
明日から新学期が始まる
なんだか落ち着かない気分の日に
ユキが目を輝かせてどうしてもと頼むから
氷柱は小さなユキの手をとって弓道教室へ
一日だけの体験入部。
私が通っている場所じゃないけど
知り合いの名前はあったから──
ここなら大丈夫だって太鼓判を押して
背中を押して送り出してやった
私の行動は
間違っていなかっただろうか?
今日までみんなでいられた休日の一区切り、
こんな日くらいは家で一緒にいてやるのが
一番よかったのかもしれないなと──
弓道教室に向かった何人かがいなくなった分だけ
静けさを運ぶ昼間の日差しの中で考えた。
帰りを待つ間は
見ているだけで吸い込まれる絵画のような景色を
花びらが落ちる時間までゆっくり流れるみたいに
まるで何が起こるかわかってしまった錯覚までするんだ。
もうすぐ葉陰をもぐって行き交う
小さな足音が──
私たちに季節の暖かさを告げる夢。
ユキたちはいったいどんな顔をして帰ってくるのかな?
疲れているかもしれないから
張り切ってねぎらってあげないとな!

氷柱

『きまり!』
話を聞いてくれるだけでいいんだけど
ユキに広い世界を見せてあげたいし
立夏もその気ならお姉さんとして
きちんと妹を見ることもできると約束できるなら
まあそういう条件付きで
少し話を聞いてみたんだけど
私の友達がやっている習い事で
小学生から高校生まで歓迎の
弓道教室があるみたいなのよ。
たまたま小耳に挟んだ程度の内容だけどね、
ヒカル姉様が部活の助っ人で通っているほどの
上下関係も厳しいところとはまた別で
みんなが自分のペースで通えて
初心者大大大歓迎、
横断幕に名前を書いて歓迎する勢いだし
体が弱い子には無理もさせない、
それにたとえば、そう、あくまでたとえばの話で
進学優先で時間がない子でも
やってみたい気持ちがあれば
スケジュールの相談に乗ってくれるとも聞いたし
あまり関係ない話になるけれど
男子もあまり人数は多くないけど通っているそうで
先輩はみんな優しくて小さい子の面倒を見るのも慣れていて
もし心配ならお兄さんに来てもらっても
あまり居心地の悪い思いはさせないとか
なんなら一緒に通ってしまってもいいじゃない?
という勧誘までされてしまって
まったく困ったものね!
うちの躾がなっていない下僕を
一人で野放しにできるわけがないし
ユキも慣れた人がいたほうがいいだろうし
私も覚悟を決めないといけないかと思って
とりあえず申込書を四枚分もらってきたからいつでも見学に……
って、あれ?
なんだかみんな忙しそうに
進めている準備は──
ああ、そういえば月曜日から新学期ね。
そうよね、もちろん私たち学生は
やりたいことがいっぱいで夢があっても
何よりも学業が第一。
決まっているわ。
私だって別に春休みが終わるのを忘れていたわけじゃないけど
うちの子たちも小さいのにしっかりしていて頼もしいことといったら
もうほんとにこれからが楽しみで仕方がないわね!
ほらほら!
下僕もそろそろ準備をして
いつでも新生活を始められるようにしておくものじゃないかしら?
小さい子に教えられてばっかりでは恥ずかしいわよ。
部屋もしっかり気持ちよく片付けて
捨てるものは──
あれっ!? 私のこの手の紙切れはいったい何かしら?
しかも四枚も!?
妖しい春風の吹く季節には理屈で説明できない不思議なことがあるものね。
あなたも暖かくなったからって
妙に浮かれた空気に飲み込まれないように注意しなさい!
いつでも足元をしっかり踏みしめることが大事。
月曜日にはきちんと身だしなみを整えて
あわてたり寝坊などをすることなく気持ちをしっかり持たなくちゃいけないわ!

春風

『昔のこと』
のどかな春のお庭にもだんだんと
緑の葉っぱが目立ちはじめ
もうすぐ私たちが迎える始業式のころには
やさしくて色とりどりに目を楽しませてくれる
今よりも少し先にある春の景色が広がっているのかもしれません。
それまではみんなで
また今日みたいに楽しいお話をするのかしら?
人気のある習い事の話題は続いていて
さんさん日差しの射すころまでに
スイミングスクールで泳げるようになりたいな、
でも春夏秋冬いつでもきれいな眺めをさらさら写し取れる
絵画教室もいいかもしれない、
なーんて
言うだけは言ってみる
夢と希望の未来が待っている子供たちだけど
あれもこれもと夢見る未来の予定がぎゅうぎゅうで
いったいどこまで本気なのか
ちょっとわからないですね!
春風が小さい頃と
そんなに憧れの形は
変わっていないように見えます。
できなかったこと、
ちょっと怖いけどできたら楽しそうだっていうことも
勇気を出したい気持ちになることは
きっとあるの。
でも、春風は結局スイミングスクールは
お友達に誘われたときの
体験教室の一回でやめてしまったっけ……
今よりもっと怖がりだった日のことでした。
でもあのとき、もしも
きっとできるよって背中を押してくれそうな
王子様がいたのなら
春風の見ている景色は今とは違っていたのかな?
それとも王子様は
春風はどこにも渡さない、
ずっとそばにいてほしいって
そう言って手をとり
引き寄せてくれるでしょうか──
みんなの希望の中で春風も興味があるのは
立夏ちゃんが映画を見てわくわくしていた
西部劇の早撃ち教室かな!
タンブルウィードが転がる砂煙の中、
西部の掟は先に銃を抜いたら無法者。
彼らを止めなければ──
だけど立ち向かう正義の味方ははたして
早撃ちを決め、荒野の町の人々を守れるのか。
とっても夢があるお仕事ですが
たったひとつの問題は
そんな習い事はあるのかな? ということだけですね。
これは途中から話が脱線していたのかもしれないわ。
王子様も春の乾燥した季節に巻き起こり何かと雰囲気がありそうな砂煙と
話の脱線には気をつけてくださいね。
もしも目に砂が入ったり
夢にあふれたすてきな未来の話を誰かに聞いてほしくなったら
まず春風のことを思い出して
どうぞ遠慮なくお部屋を訪ねてきてください。
春休みが終わるまでは春風もこの家にこもる夢見る女の子の一人です。

綿雪

『春はこれから』
しばらく続いた凍える寒さで
桜の小さな花びらの上にも
雪が積もるところもあったそうなの。
それでも海晴お姉ちゃんの
久しぶりの楽しそうな踊りと一緒に
暖かな日が戻ってくる予報がとうとう
私たちの町に届きました。
残りあとわずかな春休みを
少しのあいだだけでも寒さの心配から離れて
楽しく過ごせたらいいですね。
ユキのお姉ちゃんたちは
山のほうから強い風に乗ってくる
怖ろしい寒さにもちっとも負けず
明るく過ごしています。
一人だけ寂しく窓の外を眺めて
花をつけたばかりの細い枝が揺れているのを
ふるえながら見ているばかりでは
いけないの!
みんなが得意なのは
楽しいことを見つけるわざ。
ユキももうちょっと
お姉ちゃんたちの前向きさに学んで
力をつけなくては!
そう考えていると
思い出したことがあるの。
あの、春は物事を始めるのに向いた
のどかで過ごしやすい季節だから
習い事に通うのにもちょうどいいって
ときどきみんなは
ママと相談しているでしょう?
お習字にそろばん、
ピアノや合唱団。
柔道も野球でも
やりたいことを
なんでもはじめられるの。
できないことは何もないような気持ちが
まぶしく心の中にふくらみはじめるのは
つぼみが開く数を日に日に増やすから。
気がつけば、あんなに揺れて
見ているとおそろしかった木のどこを見ても
ついに花びらはふるえながら開いています。
ユキもあんなに強くなれるかな?
お兄ちゃんと相談しながら
習い事のお話をしたいな!